ニセモノの良心

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2007年 12月 29日

MIAUの今後を予測する。且つ僕たちに出来ることを考える。

「思いやり」でMIAUをDISるのが流行っているらしいので、僕も便乗してみようかな。
っても、多分に「MIAUの今後の動向を占う」性質のもので。




ここでスタンス表明。たまにしかここに来ない人にとっては僕はどうも既得権益の鬼らしいので。

僕はいまの著作権法や管理団体の運営等、非常にわずらわしいし、非効率なものだと思っている。
例えば、これだけブログ書く人が増えている中、絵の1枚自分のブログにアップするにも著作権法が関わってくる。しかしながら、権利が切れているかどうかを確認すること1つとっても大変面倒くさい思考プロセスを経なければならない。戦時加算なんて知っている人間のほうが少ないよね。

これまでの著作権はぶっちゃけると商用だったので、多少わずらわしくても企業法務とかだけが知っていればよかった。しかしネットの隆盛と共に「一般人」が「発信源」となることが多くなってきている。
ということはそんなことも言ってはいられない。「簡単」で「常識な範囲の金額で使える」法を含めたシステム(逆に権利者からすれば「効率的」で「透明性が高い」システム)が要求されているのであろう。それはいま現実にはない。(だから僕は度々「携帯電話の料金くらい簡単に著作権料が払えるようになればいいのに」といっているわけで。)

ただし携帯電話みたいに料金を簡単に支払う手段が無いからといって、では勝手にやっていいという今の風潮は僕はおかしいと思う。
法というのはみんなの約束ごとだからだ。どんな悪法だろうと、そこにどんな立法プロセスがあろうと、民主主義社会ではみんなの決めたことというのは、破ってはいけない。当たり前だ。

よく「親告罪」だから「勝手にやればいい。ダメなら権利者が削除する」とかそんなことを言う輩もいるが、これは「親告罪」の意味を履き違えている。どこまでいっても罪は罪だ。
法治主義の社会では「勝手にやる」の対価は「刑事で捕まり、民事で不法行為の賠償金を支払う」ことである。「勝手に削除される」ことではない。
そんなリスクは負えないし、権利者からしても不幸な結果をもたらしかねない。よって、あくまでも現行法の枠組みでやりたいことを何とかするのが正しい姿勢であろうと思う。

 

だから、その立法プロセスに介入し、少しでも「使いやすい」著作権を作るという活動が試みられていることは大変いいことだろうと思う。放っといたら「まずます使いにくいインターネッツ」になってしまう。
だからMIAU自体の活動は応援しているし、素晴らしいものだと思っている。



さて、それを踏まえてMIAU。


何か書こうにも切込隊長の記事がはるかに良くまとまっているので、越えられそうに無い。確かにこの通りだとは思うし、適切な方向だ。

では、ここから何をするか?

MIAU初戦の戦法は「ダウンロード違法化」にむけて「パブコメ」への動員だった。
1万件弱のパブコメを用意したのに、結論では「負けた」。

しかし、これは「負けるために負けた」のではないかと思う。
1つ目には、「間に合わないけど出戦はしなくちゃいけない」。
2つ目には「矛盾を暴き出し、後の燃料にする。」
3つ目には・・・ここには書かない。足引っ張りそうだから。


 準備期間や組織化に難があり、戦える武器は「数」だけだった。(ネットユーザーの数を頼みにする時点で、「パブコメジェネレーター」も確かに必要だったと思う。)
 それによって、相手の矛盾も引き出すことが出来たし、悔しい思いも出来た。

 ぶっちゃけると初戦は負けたことで「勝ち」なのだと思う。僕ならそう判断する。



これから必要になるのは政治力だ。
政治力というのは「その代表の後ろに何人の影が見えるか」「どれほど経済に影響を及ぼすか」という点にある。(もちろんそれだけじゃないけど)


例えば主婦連。
不良マッチ退治運動から火がついた(ダジャレじゃないよ)彼女らの活動は当初はしゃもじを持った主婦達の「数」の運動だった。
しかも、日常生活において財布の紐を握る主婦は人数を集めれば集めるほど、経済に携わるものにとっては分かりやすく「脅威」になった。(主婦の集めた署名リストとか考えただけでも恐ろしいよね。)
 米価や電気代と言った身近な問題について次々と問題提起を行い、「家庭の財布」と「人数」を政治力(サイヤ人の言う戦闘力みたいなものだ)に交換し、発言権を確保していった。

いまの主婦連が当時から比べるとどれほど力が衰えたのかは分からない。
多分現状の組織力でいうと、設立当時と比べると1/10もないだろうけど。

しかしながら「主婦代表」という地位を確固と築き上げた現状、彼女達の言葉はいまでも一定の発言力がある。



で、MIAU。数を頼みにするしかいまは方法が無い。
これも立派な武器だ。特に民主政治において数が集まればそれは1つの脅威だ。
しかし、パブコメは1万件弱。
都知事選の外山恒一の方(1.5万票)が(東京だけなのに)多い。(もちろん、全体数からの割合でいくと大変なものだけどね。)


となれば、これからMIAUの政治力をあげる方法は2つ。
1、数を増やす。
2、質をあげる。


1、数を増やすという点では、
「矛盾を暴き出し、後の燃料にする。」という点で、初戦では成功を収めている。
そりゃそうだ。輸入権の当時「数で言っても・・・」とパブコメの数で負けたことをもって理由の一つにしていた官僚が、今回「数は圧倒的なものの・・・・」と真逆なことを言う羽目になっている。
いい燃料は貰った。数で圧倒できたのに負けるという悔しい思いも出来た。
では、これをもって今後の活動に引火させることができるかどうか。

MIAUの中の人にこれ以上頑張れ言うのは正直酷な話だ。何の自己利益にもならないことにお金突っ込んで、「みんな」のために頑張っているからだ。(例えばシンポジウムやるにも会場費や配信費なんかかかっているのを誰が負担しているのか。これはほんの一例に過ぎないはずだ。)

だから「みんな」が出来ることはないか。それを探して、行動に移すことだ。

一番は、運動の火を絶やさずに拡大させていくことだ。
おそらく燃料はこれからもガンガン投下される。というかMIAUの中の人がしてくれる。それに対して運動の広がりをどこまで見せることが出来るか。
例えば今の15倍もパブコメが来れば、さすがに無視できる数字ではなくなる。(都知事選で言うと故黒川紀章くらいのポジションだね。)
というか主婦連のように「確実に財布の紐を握っている」わけではないネット住民にとって、いまのところ人数しか勝負できるものが無い。
とにかく運動を拡大させることが、個々の「みんな」に可能であるか。さらにそれを「続けていく」ことが出来るかどうか。それに尽きる。




ただし、その数の「質」が問われる局面というのはあると思う。
それが2番目。「質を上げる」ということ。具体的には、その集めた人数が「どれほど真面目な消費者」かを示す必要があると思う。


今回権利者がやろうとしているのは、「違法着うたサイト狩り」。要は海賊対策だ。
何故海賊対策をしなければならないか。そこでは他人の権利を勝手に使って一儲けするものがいるからだ。海賊って要は焼畑農業みたいなもので、海賊以外は誰も彼も碌な事にはならない。
海賊を何とかするべきというのは、異論の出ない話だ。明確に違法だし。


ただし、海賊は独りでは経営が成り立たない。奪ったものをPVなり有形物なりといった換金しやすいものに換算して商売をする。そこにおいて「海賊と取引をする者」が必要になる。
そこがいままで「合法」だったので、海賊に一般利用者が群がっていた。
とすれば、罰則無しにせよ「取引を違法」にしてしまえば、「一般利用者」はそこから自然と離れていく。
海賊を社会から遊離するさせることが可能になる。
権利者はおそらくそれを狙っている。
そりゃ「ダウンロードも犯罪です。」言われたら、ドキッとするよね。


でも、だからって海賊対策をされる上で、一般利用者も網をかけられ普通にネットを使う分に不便になるっていう弊害が発生するし、「違法着うた狩り」ですまないかもしれない。MIAUも、ここを懸念しているわけで。

しかしMIAUの主張を表面上だけなぞると
その海賊と取引しているものも守ってしまうという形に受け取られてしまう。
だからこそMIAUが権利者団体から「おまえなぁ」言われているわけで。

しかしながら、それは意図しているところではないはずだ。
MIAUは、少なくとも海賊の存在は認めていない。
「アップロードした者が悪いからそっちを何とかすれば、今の法でも対処出来る」という発言はその点から出ているわけで。

となれば、MIAUが海賊に対して対決姿勢を示すのは基本的には筋が通るし、スタンス明確化にもなるし、政治的に発言力を上昇させることに繋がる。(なぜならば基本的に流通というのは下流に行けば行くほど立場が強くなるからだ。そして最下流の消費者って実は最強だ。)


おそらくMIAUの大感謝祭はその一環。海賊は基本的には「感謝」などしない。
しかしながら抜本的な解決にはなってはいない。
MIAUはどこかで集めた「数」を「純化」させる必要に駆られるのではないかとも思う。最強カード「消費者」になるために。ものすごくタイミングは難しいが。
(繰り返すが、これはあくまでも僕の予測だ。)

(さらに補足すると僕の視点はここで切込隊長の
>本来なら、これが先進的なネットユーザーの集まりだと自称するのであれば、現状のネットの無法地帯ぶりを確認し、これらのフリーライダーを制限するか、ネット時代の著作権について既存の業界団体と話し合わなければならない。
の点に還元される。)


そういう意味では、「みんな」に出来ることが1つある。
「海賊と取引した」とか、公の場では言わないことだ。

権利者が一番怖れているのは「罪悪感無くカジュアルに違法コピーされること」だ。それがスタンダードだと思われた瞬間、社会の根本から情報に揺さぶられやすくなっている日本国民は、一斉にその方向に流されてしまいかねない。「出来ること」と「やっていいこと」の差がなくなってしまう、それを怖れている。と思う。

だから、ブログとかSNSとかブクマとか、そういう表立ったところで変なこと言わない。(どんなのが変なことなのかは自分で考えて。)
正直、言わないだけで効果があると思う。




「僕たち」は、「真に使いやすいネット」の環境を得るために、MIAUを立ち枯れさせてはいけないし、そのためには5年10年スパンでの支援が必要になるだろう。
彼らは「みんな」を守るために、矢面に立っている。仕事干されるかもしれないとか思いながらも。それを見殺しにだけは絶対にしてはいけない。

そのためにネットユーザーは、お金も出さないといけない、実名も出さないといけない、人手も出さないといけない、そんなタイミングが来るだろう。
その時に求められたもの、それ以上の手を差し伸べられるか。

もっと言えば支援を求められる前に、より主体的に関われる方法はないかを考えないといけないのであろう。







・・・で、「お前は何をしたの?」言われるんだろうなぁ。
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by soulwarden | 2007-12-29 17:11


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