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2019年 10月 29日

宇崎ちゃんポスターについて、オタクとフェミ相互理解のための補助線

あいちトリエンナーレ冷めやらぬ中、またも表現の自由を騒がせるような案件でtwitterどったんばったんしてる。
宇崎ちゃん献血ポスターを赤十字が使い、それを太田弁護士が「環境型セクハラみたいなもの」と非難したところに端を発している。


さて、この件に関して、まずは僕の立ち位置。
「これは広告考査の問題である」
ポスターは取り立てて作るの自由である。作るまでは内面の自由。
で、それがその場所にふさわしいかどうかは、「その掲示場所の責任者」が決める。
例えばTVCMだってあんまエロいのとかグロいのとか、射幸心を煽るが来たら謝絶もするし
「これは青少年にはふさわしくない内容」との判断があれば「青少年に見てほしい番組」からは外す判断もある。
局によればド深夜しか流さないCMとかもある。
同じようにポスター掲示場所が(掲示責任者により)配慮されていれば、取り立てて文句言う筋合いなどない。
太田弁護士が(アメリカ人になんか言われて)騒ぎ立てる前にはこのポスターについて誰も気にしていなかったということは、
基本的には問題なかったと思われる。

(ちなみに太田弁護士の「環境型セクハラ」発言については、弁護士として法的な概念を持ち出しした以上、
法的な論拠に立ってきちんと論争すべきであったと思う。彼女は「スジが通っていない」のだ。)





でも、当然ながら、僕のTLにも賛成反対両方いて、お互い言うことは「完全にかみ合っていない」ことは気付いてはいた。

これ、なんというか、マルクス経済学者とケインズ経済学者が同じ事象見て、違う言葉で語り合って「何言ってるんだこいつ????」ってなるのに似ている。
分かりにくい例えだけど、でも「世界をどう見るか」自体がそのくらいそもそも異なっている。


ということはお互いに相互理解のための補助線が必要である。

ということで、今日の僕は、どうにかこうにか相互理解のための補助線を引いてみようという試みをしてみる。




まずは、今回の対立軸を
・フェミ
・オタク
と設定する。かなり乱暴だし、当然属性かぶっている人もいるし100人いたら100通り考えはあるけど、
今回は「分かりやすい補助線」なので、見逃してほしい。







・まずはフェミニストについて考えていく。
まず言い訳。フェミニストはよく「一人一派」を名乗ってて扱いづらいので、あくまでこういう傾向だと思って。


といってフェミニストのことについて、ぼちぼちお勉強して体系的に書こうとしたけど、
なんかすでにきれいにまとまっていた。
https://anond.hatelabo.jp/20160307231710
よく調べてあるなぁ。

対立を引き起こしがちなのは、リベラル・フェミニズムと、ラディカル・フェミニズムである。

リベラル・フェミニズムは単純に分かりやすい。性根はロールズの僕もここに分類される。
要は「同じ人間なんだから、性差によりやりたいことができないとか、社会での役割に偏りがあるとか、そういうの良くないよね?男女は平等であるべきなんだから。
なので、法律とか意識変革とか進めていこうね」という一派である。
戦前生まれの頭の固いおじいちゃんとか、ま~んとか女性のことを呼んでる阿呆とかでもない限り、かなりは現代人には受け入れられやすい理論である。
もちろんロールズなので、反転可能性テストは可能。つまり男女ひっくり返してそれがおかしくないかを検証できる。(簡易版無知のヴェールだ。)




ラディカル・フェミニズムはここより一歩進む。
社会全体がそもそも家父長制をベースに男性優位になっており、そこに形式的な平等を導入しても、真の平等にはならないと考える。
そこにおいて女性の自己決定は無意味である。社会がそれをきれいに搾取していくから。
(上野千鶴子が選挙に行かないとか公言するのも、おそらくこれである。
要は、いまのルールがすでに既得権益側に有利になっているのに、なぜその同じ土俵に登って勝負しなければならないのかってことだ。)

その解決のため、男女間の「闘争」を起こす一派である。

ラディカルフェミニズムのポルノ廃絶運動するというのもここから生じている。
女性が望んでポルノ業界で働いていても、その自己決定は社会の歪なルールにより、女性は身体的肉体的な被害を被る。
またポルノ自体を容認することは、女性蔑視を再生産することになる。(つまり、二次元三次元を問わないのである)


また反転可能性テストは不可能である。男性はそもそも抑圧されていないので。



今回、宇崎ちゃんポスターを問題視するのは「ラディカル・フェミニスト」の思想側面を持つ人である。
リベラル側は、男女性差フラットを目指すので、例えば「まぁ…私もいうても献血で堀川国広ポスター貰ったしなぁ。あれエロいよね」と流す傾向にある。









さてオタク側。フェミニストの言う「エロ表現の自由戦士」である。いまtwitterみたらエロ表現の自由の精子とかも言われてた。ひでぇw

女性蔑視と戦ってきたフェミニストと同じような側面として、オタクも蔑視されてきた歴史を持っている。
何か事件があれば「加害者は〇〇いう暴力ゲームに夢中で」とか「なんか同じように犯罪起こしそうな見た目してる」とか、
特に悪いことしていないのに雑なクラスタ分けで迫害されてきていた。

まぁキモいサイドにいるのは自覚的でもあるがそれで直るものでもない。
それゆえ自らの好むものが社会的に「封殺される懸念」というのは、常に怯えてきていた。(実際いろいろギリギリだった)
そして、だからこそ「表現の自由」の恩恵に自覚的であった。

特にエロとかグロは、国家権力が表現の自由へ介入する際の入り口だったため、
その規制入り口に、権利の恩恵に自覚的だった者が立っていることは実は意義深いことだったのかもしれない。











で、今回の宇崎ちゃんポスターである。


一方で、今回の宇崎ちゃんポスターのフェミ側(こういう種類分けもどうかと思うけど、のも)からの批判はこうだ。
・「この絵は不必要に煽情的に女性を描いており、公共の場にはふさわしくない。

この煽情的にというのがまずは第一のポイントになる。要はこれがエロいかどうか。



ちなみに、これが宇崎ちゃんポスターがエロいかどうか、実はガチのマジで「オタクにはわからない」。
というのはオタクには自明の「あなたの地雷は誰かの萌え」という思想が行き届いているため、
「俺にはエロで刺さるが、まぁ普通に服着てるから、一概にエロいとは言えないんじゃないの?」と、徹底的に判断を個人個人に委ねるためである。

まぁ全員に「おまえはどうなんだ?」聞いて回ったらだいたい「なんかエロい」で統一される気もする。ただこれは、別の絵を持って回っても答えは一緒だと思う。
(ちなみにフェミニストが「ジブリはオタクからエロ消費されてない」とか勘違いしているけど、あれこそロリコン監督が作った極致だぞ。)


それゆえオタクは怯えるのである。
「ちゃんと服着ている以上、これがエロいとなるとまぁ他もだいたいエロいし、どっちかというと小さい方がエロい気もしてるし、
なら明確な「これが駄目」というラインが引けない。となると二次元表現はだいたい全部駄目になるな。」と考えるためである。
となると、ここでの後退戦はあり得ない。自らの好むものすべてを封殺される危機となり、徹底抗戦ラインが引かれてしまう。



一方のフェミは「ここまで自明なのに、エロいと思うことすらすっとぼけやがって。カマトトぶるなよ」となるわけである。

(追加補足:ちなみに、「これがエロいって言う人の心がエロいんですー」っていうオタクの返しも、当然ながら「エロいかどうかの判断」をオタクが個々人で持っているためである。)




第2のポイントとして「エロいのは駄目なのか?」
ラディカルフェミニストからすれば自明の「エロ=女性の性的消費=性的搾取であり悪」という理論、オタクには浸透していない。
「え?仮にエロいとしても、なぜダメなの?わいせつ物該当でもあるまいし。。。これがエロいとなると、本物の巨乳女性はいるだけでエロいって思われている?」となる。

「別に巨乳がエロいわけじゃなく、それをエロく書いて性的消費しているのが悪い。それが証拠に乳袋が」とかなんか表現各論に入ると
「いやコスつくるとき立体裁断したら乳袋出るし…え、でも巨乳はエロくないんだよね…?」と途方に暮れてしまうのである。
また、当然ながら現代人のオタクはリベラル・フェミニストでもあったりする。というか大抵そう。そうなると反転可能性テストをして
「お前らもいろんなもんで男を性的消費してるやないかい!知ってるんやぞ!カマトトぶりやがって!」となるわけである。だって主語が女性だから。
ただこれも今度はラディカルフェミニストには刺さらない。何故ならこれは抑圧をされていない男性側の言い分だから。
(もちろん徹底的にすべてのエロを潰すべきって人もいる。)

これについては、下で別被害をまとめる。



第3のポイント。公共の場とは?
フェミとオタクが平和に暮らすなら、エロいものは公共の場には出さないゾーニングというという考え方も出来る。
今回のポスターは、本当に公的な表現としてふさわしかったか?
論点整理しやすそうなこのポイントも、面倒くさいオタクにかかると自明のものにはならない。

まずは、赤十字が公的団体か。実は違う。日本赤十字社法によって設立された認可法人であり社団法人類似組織となる。
これにより公的機関の「広報ガイドライン」に従う必要はない。
次に、本当にゾーニングで守れるか?
これについては、実は発火点の太田弁護士が「真空パックAVで検索したら吐き気がするものに出会った。ただちにやめるべき」
という、お前なんでそんな検索ワードでセーフサーチオフにして検索してるんかいというボケをかましており
「ゾーニングは突破口であり意味がない」との認識もオタにある。(ちなみにボケじゃなくて太田弁護士の表現抑圧作戦だと僕は思った)
また、このポスター絵、実は本屋で販売されている宇崎ちゃん3巻と同じであり、公共の本屋も危なくなる(つまり18禁に追いやられかねない。
そうなると、売り上げの問題で結局排除と同様になる)

それに「公共の場」ルールが出てくる。まさにあいちトリエンナーレで叫ばれたあれだ。
つまり「表現の自由を行使すれば、それは誰かを必ず傷つけるが、それはある程度受忍しなければ」と言われてたのどこにいった?となる。


つまり、ガタガタいろんな想定をするオタクは、素朴な「見えないところでやれ」というフェミ側の意見も飲めなくなってしまうのである。




・「この絵は不必要に煽情的に女性を描いており、公共の場にはふさわしくない。
このたった一文ですら、どの立場から見るかで世界が違うのである。



今回、補助線を引きたかっただけなので、世界の見方についてこれ以上どうこういうつもりも必要もなかったのだけど蛇足をつける。しかも2つも。
オタク止まれ
「宇崎ちゃんはエロく描いてあるけど、アメコミは巨乳描いてもエロくない」といった人を「おかしいやろ」とpixivまで追い詰めるのやめれ。
確かにアメコミもエロいと思うけど、タピオカの風刺画を描いた女性を追い詰めたフェミと同じ真似やぞ。そこは表現の自由を守ろう。



あいちトリエンナーレありかた検証委員会委員 岩渕潤子氏は巨乳女性への差別をやめろ
 さっきの2つ目のポイントで
「これがエロいとなると、本物の巨乳女性はいるだけでエロいって思われている?」と議論混同するって話をしたが、

これを完全に混同してしまったのがなぜだかフェミニストの岩渕氏であり、
実在の女性に対して、宇崎ちゃんと同じ大きさの乳は奇形であり障害と言い切ったうえ、「胸が大きいばかりにバカ女の役しか得られない女優さんのドキュメントもあった」と乳房緊縮手術を勧めている。
私の体は自分自身が決めるというフェミニズムの原点すら放棄しており、女性の体をパーツに分けモノ化している。明確に女性否定であり支離滅裂な差別である。
(後にアニメで巨乳に描くのは奇形であり障害と、大して変わらない訂正をした。)













あー、ここで留めるつもりだったけどちょっと筆が滑る。こっから本気の蛇足。

ラディカル・フェミニズムは私的領域たる内面の自由に干渉する。
それは必然的に。何故なら「あなたの選択は真の男女平等にならない」から。
つまり、自由より大事な「正義」がある。

一方で(形式的には、かもしれないけど)自由で平等たる現代社会は内心の自由を尊重する。
何故なら正義は演算できないし証明できないから。だから自由でいる。
だってロールズだって結局証明できなかったんだぞ。


その証明できない「正義」がまずもってあるというのは、実は憎むべき家父長制と親和性が高い。
というか、大して変わらない。
「女は俺の言うことが正解だから言うことを聞け」の「俺」が父親からにラディカル・フェミニズムに変わっただけである。

実際、ラディカルフェミニストたる岩淵氏が、目の前で「父権的保守」に合流し、
「巨乳はアホに見られるから乳を小さくする手術を受けろ」と言う様を見せられると

「自らの正義を信じる人って怖いなぁ」と思う。






# by soulwarden | 2019-10-29 04:14
2019年 08月 05日

もうみんな表現の自由を弄ぶのをやめよう!あとルールを決めようじゃないか

タイトル通り!!!!!



右も左も「表現の自由」を、自分の好きなものや主張を保護するためだけに使うのをやめよう!!!
他人の好きなものや主張を同じように大事にするんだ。それが自分の嫌いなものや理解できないものでも。


自分の好きなものや主張は、絶対に他の誰かの嫌いなものだから。
そして、嫌いなものを「これはヘイトスピーチ」とか「税金を使用するものではない」とか「セクハラ」とか「傷ついている人もいるんですよ!」とか「表でやるものではない」とか、ガタガタガタガタ・・・なんかそれっぽい理屈をつけて排除するのをやめろ。

絶対の正義なんて世の中に存在しないんだから、セーフアウトの線引きなんてどこにもない。
だから、どんなものも線を引かずに「表現の自由」としてみんなで尊重しよう。


そして他人の好きなもの、自分の嫌いなものも、ぐっとこらえて「わからないけど認める」という訓練をしよう!!!
それが多様性を担保し、豊かな社会を作る基になる。自由な国の基になる。



もちろん、内心は無限に担保されている精神の自由も、表現の自由として社会に出たら誰かと必ずや衝突する。
その時に、人から批判されるのは当然だ。批判するのも表現の自由だからだ。
それはそれでいい。当たり前だ。

だから、ここで表現の自由を守るために、表現とその批判のルールを提唱したい。

「刑法は守ろう」
「人数を頼るのをやめよう」
「役所を巻き込んで批判するのやめよう」



ルール決めたうえで殴り合おうじゃないか。



僕は、ナチスの真似しても、総理をブルドーザーで轢いても、悪魔の詩を出版しても、税金で反政府展覧会やっても、ちょっと赤らんだ顔のアニメポスター作っても、テニプリの同人誌作っても、メイド型アンドロイドが掃除してる表紙描いても、下品な週刊誌が「ヤレる女子大生ランキング」作っても、はたらくくるま図鑑に自衛隊車両入れても、・・・・

身の危険を感じず、役所からもあれこれ言われない、共産党下部組織も押しかけてこない。そんな社会の方がきっと面白いと思う。





# by soulwarden | 2019-08-05 23:15
2019年 08月 05日

もうみんな表現の自由を弄ぶのをやめよう!あとルールを決めようじゃないか

タイトル通り!!!!!



右も左も「表現の自由」を、自分の好きなものや主張を保護するためだけに使うのをやめよう!!!
他人の好きなものや主張を同じように大事にするんだ。それが自分の嫌いなものや理解できないものでも。


自分の好きなものや主張は、絶対に他の誰かの嫌いなものだから。
そして、嫌いなものを「これはヘイトスピーチ」とか「税金を使用するものではない」とか「セクハラ」とか「傷ついている人もいるんですよ!」とか「表でやるものではない」とか、ガタガタガタガタ・・・なんかそれっぽい理屈をつけて排除するのをやめろ。

絶対の正義なんて世の中に存在しないんだから、セーフアウトの線引きなんてどこにもない。
だから、どんなものも線を引かずに「表現の自由」としてみんなで尊重しよう。


そして他人の好きなもの、自分の嫌いなものも、ぐっとこらえて「わからないけど認める」という訓練をしよう!!!
それが多様性を担保し、豊かな社会を作る基になる。自由な国の基になる。



もちろん、内心は無限に担保されている精神の自由も、表現の自由として社会に出たら誰かと必ずや衝突する。
その時に、人から批判されるのは当然だ。批判するのも表現の自由だからだ。
それはそれでいい。当たり前だ。

だから、ここで表現の自由を守るために、表現とその批判のルールを提唱したい。

「刑法は守ろう」
「人数を頼るのをやめよう」
「役所を巻き込んで批判するのやめよう」



ルール決めたうえで殴り合おうじゃないか。



僕は、ナチスの真似しても、総理をブルドーザーで轢いても、悪魔の詩を出版しても、税金で反政府展覧会やっても、ちょっと赤らんだ顔のアニメポスター作っても、テニプリの同人誌作っても、メイド型アンドロイドが掃除してる表紙描いても、下品な週刊誌が「ヤレる女子大生ランキング」作っても、はたらくくるま図鑑に自衛隊車両入れても、・・・・

身の危険を感じず、役所からもあれこれ言われない、共産党下部組織も押しかけてこない。そんな社会の方がきっと面白いと思う。





# by soulwarden | 2019-08-05 23:15
2019年 08月 04日

あいちトリエンナーレの顛末について

書こうと思っていたが、開幕3日でへたった。

作品展示者としては良かったんじゃないのかなぁ。「表現の自由」に対して行政が口をはさんで表現の不自由となる。
事前の作品意図は達成できたでしょうから、大成功でしょ。



ただしそうもいかないのが、その作品展示者の小さな勝利に対して、表現の自由が失ったものの大きさ。
これは深刻に憂慮すべきことになる。


論点がたくさんあるから、それぞれについて分ける。
A,表現の自由なのか、ただの体制批判なのか
B,表現の自由は、他の人の自由や権利と競合するけどその人権については考えたのか。
C,殴るものの大きさについての体制の不備
D,税金でやる展示なのか
E,SNS拡散禁止及び炎上商法




A,表現の自由なのか、ただの体制批判なのか

中身見に行っていないけど、現場レポはこちらに。(この方の文章面白かったし、これ読んだら、ほぼ僕の書くことないなと思ったw)
抜粋
>映像を見終わって奥に進むと、反米、反基地、反ヘイト、憲法9条、慰安婦のおばあさんの写真、慰安婦像、裁判になってる群馬県朝鮮人強制連行追悼碑のオブジェなどがズラリ。一番スペースを使っているのが朝鮮人強制連行追悼碑で、次が慰安婦関連。
「あっ…そういう人たちのアレなんだ…」


表現の不自由展で、主催意図が「組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、いかにして排除されたのか展示不許可になった理由とともに展示すること」
であるのに、内容が、「そういう人のアレ」に偏っている。
悪魔の詩も、鍵十字も、ホロコーストないって書いて廃刊したマルコポーロも、天安門事件報道も、習近平のプーさんも、チビクロサンボも、RADのHINOMARUも、共産党の外部組織が最近潰した「はたらくくるま」も、ろくでなし子も、のうりんのポスターも、カーリー・クロスに着物着せたら謝罪に追い込まれた「VOGUE」もない。何もない。
少女像はあってもライダイハン像はないのだ。

あれ?それで、表現の不自由?

つまり、主催意図通りの展示ができていない。もしくは、主催意図とは異なったメッセージがある。そしたら当然だけど主催意図はそのまま伝わらない。





B,表現の自由は、他の人の自由や権利と競合するけどその人権については考えたのか。

 分かりやすいところでいうと、写真焼かれた昭和天皇のご遺族のお気持ちは?
 内なる精神の自由を外に発露した場合、他人の人権と競合することがある。
そこで「公共の福利」という物差しで「調整」が働く。

この「調整」こそが、実は「忖度」とか「表現し辛さ」の正体なので、全部取っ払ってしまうというのは(芸術の名のもとに)ありだと思う。
というか、今回やりたかったのはそれという話もある。(できてないので推測やね)
ただし、その場合には、殴られる側に十分なフォローが必要になる。で、あった?



C,殴るものの大きさについての体制の不備

お題目は「表現の自由」であり、そこに(Bとも被るけど)怒り出す人が十分いることも分かっているのに、それに対する体制(警備体制やクレーム受ける体制など)が甘い。どういった計画たてていたの?
脅迫があることなんて、当然のことながらわかってるでしょ。
やろうとしていることが「表現の自由」で、そして、脅迫ごときでそれが折れるのは精神の死である。
少数の者からガソリン持っていく言われたくらいで折れるなよ。
というか、(Aに被るけど)ちゃんと「表現の自由」のラインナップでやっていたら、同じような展示でも実はそこまで抗議来なかったのが、
「そういう人のアレ」に完璧に寄せちゃったから、抗議の質も変わったように思える。

少数のキチガイの抗議で取っ払っていいようなお題目じゃないのに、それを不用意にぶちあげた(もしくは騙った)挙句、3日で旗を降ろしてしまった。





D,税金でやる展示なのか
 今回の展示責任者は誰や・・・と考えると、愛知県である。(元々は県知事の公約で始まっている)
「表現の自由」のお題目の前に、「表現の不自由展」は愛知県が本当にやりたかった展示なのかというのがあげられる。
愛知県に事前了解取らず不意打ちの形で展示したのなら、それは県からしても「それはやりたかったことではない」とクライアントとして訂正入れる権利がある。
それは表現の自由ではなく、下請けと元請けの関係になる。

もしも県が「自由にやっていいよ」としたら、責任者は大義のために生きればいいと思う。



E,SNS拡散禁止及び炎上商法
おそらく炎上はあるわかっていたはず。
で、ある程度コントロールしようとしてSNSアップ禁止にしたんだろうけど、この警告文、ひどいなw

「著作権法に触れる可能性があります」を理由にすると、引用要件か報道要件か、そういった例外要件を揃えたらSNSアップは問題ないはずだ。
それを一律の禁止にするというのは、著作権法を武器に脅そうとする意図がある。
それに、「表現の自由どこに行った」って余計な炎上をする。
SNSでの炎上コントロールなんてプロフェッショナルついていながら、何やってるの。
炎上なんてコントロールできないし、短期的には耳目を集めるものの、長期的視点では、大会ブランドの棄損という致命傷から始まり次期開催への影響まで、
ほんと、ろくなもんじゃなくなる。





このあたりの視点が全部ごちゃごちゃになって、右も左もどったんばったん大騒ぎである。


僕としては、慰安婦少女像でもなんでも置けばいいと思う。表現の自由だから。
それが、行政の判断で中止となったことは残念でならないしし、行政に脅迫を行った奴はガソリン自分で被って死ねといいたい。




ただし、「そういう人のアレ」としか、現状表現できないものを持って「表現の不自由」を語らせようとしたその稚拙さ、
そしてその稚拙さと体制の不備が、結果的に「表現の自由」を後退させることになったことには、危機感を持っている。

政治的に気に入らない言動は、圧力かけて潰していい。
そんな(一部フェミニストや共産党の)作法は、表現の自由からすれば、最も唾棄するべきものであるからだ。






あと、これに乗じて表現の自由を守るべきだってキャンペーン始めた共産党は、
直前に自分たちがやった「はたらくくるま絶版」について、どう思ってるのか問い詰めたい。(多分別団体と言い逃れるんだけどさ、そのあたりほんと嫌い。)


# by soulwarden | 2019-08-04 00:59
2019年 07月 27日

天気の子みてきた

もやもやが募って、書きなぐった「天気の子」感想。
ねたばれあり。
載せるつもり無かったけど、載せる。



More

# by soulwarden | 2019-07-27 23:09
2019年 07月 21日

吉本はテレビ局が株主だから大丈夫か?


吉本の件について、ロンブー田村亮が
>「僕がすごく不信に思ったのが、『在京5社、在阪5社は吉本の株主だから、大丈夫やから』と言われました。
というちょっと訳の分からないこと吉本に言われたとぶっちゃけ、なんだか無敵の人みたいに言われている。

なんでわからないか。逆だからである。通常は株主の方が強い。
当たり前だ。株式会社は本来的に株主のためにある。
「自分の資産を貶めることは言わないだろう」との判断とは思うけど、それにしたって手前勝手の理論である。
むしろ「吉本がテレビ局の株持っているから言うことを聞かせられる」の方が普通は筋は通る。
岡本さんも、ご立派になられたようでよろしおすなぁ(京風)


では、なぜ今回の件で疑惑が出てきた反社と吉本の問題に、局はちゃんと食い込めていけてないのか。
なんだか引いたような質問や茶化したような質問ばかりであった。こんな時ホフホワイトとか聞いてどうする馬鹿。


おそらく、これは株式云々というより、これはタレント行政と言われる問題の方が大きい。
局は、数字(視聴率)持っているタレントとその事務所と、プロデューサーまわりを中心に関係値を作りあげる。
「無名のころから出演機会を作った」とか「人気のタレント出演の代わりに、抱き合わせで無名のタレントの出演」とか、
まぁそういうやつ。地方にはあんま縁のないことだから、詳細はごめん疎い。
で、これは編成部を中心とした動きとなる。

で、今回記者会見に立ち会ったのは部署違いの「記者」である。多分、対タレントの件なんて僕並みに疎い。それに対人問題となるので、当事者以外下手に触れない。
となると、「うちの会社の人間にどう関わるか、よーわからないから、取り合えず無難にいこう」という心理が働いていると思う。
いわゆる「忖度」ってやつ。



さて、ここで2つほど論点が。
これ、このまま反社会的勢力との関連性に切り込めないままだと「利害関係者に甘い」もしくは「圧力()に屈した」とみられる可能性が大いにある。というかなる。
それは普段のえらそうな言行からの不一致とみられるし、そうなると今後「報道は機能していない」とみなされる。
「資本が入って強い立場」なのにタレントに遠慮しているってなると、もうこれ、どこになら切り込めるの?ってなるわな。



もう1つは、社長から各キー局が名前出された状態になっているこの現状、放置すると
「反社とのお付き合いがある可能性を把握しておりながら、株主の立場から何もしていない」ことになる。
それってやばいよね?

多分、吉本の社長含め、役員何人か首は飛ぶ。(確定事項みたいに言うけど、ただの予測だ)
その際に、各キーは、なんらかの役割を果たしたように「見せる」必要が出てくるのでは?と思う。



状態的には、まだ片っぽからの話だし、このまま会見の内容を鵜呑みになぞできない。
言い方悪いけど、反社から金貰っていた人間の会見の信頼度なんてたかが知れている。これまでの嘘もバレた。
ただし、やり方がうまかったし、覚悟を決めているのは伝わってきている。誰かが「雨上がり決死隊」の伏線回収か?って言ってた位には。


編成が損切りできるかやろね。まぁここまで来たらするだろうけど。





# by soulwarden | 2019-07-21 19:35
2019年 07月 16日

続CBCやらかしについて。あと、この騒ぎでCBCが失ったもの

良い子なので2日連続で書く。
何故ならCBC続報出したから。
そして、昨日コキペされまくったからか右クリック禁止になったw
まぁショートカット使えるんだけどさ。

以下HPより。
CBCテレビ報道部公式ツイッターアカウント上での不適切な書き込みにより、参院選比例代表に立候補されている自民党現職の和田政宗氏、並びに関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします。選挙期間中でもあり、和田様の事務所を通じて、和田様ご本人へのお詫びをお願いしているところでございます。
弊社は報道機関として、選挙報道について厳に公平・中立な立場を堅持すべきと考えております。掲載されたコメントは弊社報道部の意思に基づくものではなく、あってはならない投稿と考えております。
調査は、当該アカウントにアクセス可能な複数人を中心に全報道部員から、弁護士等外部によるヒアリングなどを実施し、あらゆる可能性を排除せず、調査に臨んでおります。
不適切な投稿は、当社報道部公式ツイッターアカウントの管理、運用の甘さが原因の一つであり、外部の専門家を交え当該アカウントを含め当社のすべてのソーシャルメディアアカウントの管理運用ルールを厳格化するとともに、今後社内規則に則り関係者の処分を検討します。
今後もしっかりとした調査を行い、再発防止に努める所存でございます。

以上

CBCテレビ




昨日から変わったところ。
>今後社内規則に則り関係者の処分を検討します。
社内と言い切ってるので、まぁ社内なんだねw
昨日の時点で明確にしてたら、おもちゃにされなくて済んだのにね。


あと、
当該アカウントにアクセス可能な複数人を中心に全報道部員から、
下手人を報道部員に絞ってる。
ということは昨日の僕の読みは間違いか。
「報道部員の本来は権限もっていない奴が勝手に投稿した」って書いてある。
こんな基本線、謝罪一報上げる前に真っ先に消しておけよ。。。


要は、CBC内で適当に運用されていたtwitterアカウント、特定の思想持ちが社内の注視がないことをいいことに我がものみたいに運用していたんだね。
で、連休中に管理者不在状態でこの騒ぎになって、で、昨日はデスクあたりが「自分たち投稿していません」と言おうとして笑いものにされたわけだ。 



で、CBCが昨日の言い訳で失ったものを列挙してみる。

・情報管理についての信頼
情報を扱っている報道機関が、その情報の管理があまりに甘いことを露呈した。
そんな状態で情報触ってるんかい?ってなる。
もちろん、TVとかの業務の本線についてはちゃんとしているのだろう。(ちゃんとしているよね・・・?)
ただし情報管理問題というのは、当然のことながら一番気にしていないところから起こるんだよねー
それが今回はtwitterだったと。


・バリバリの思想持ちが報道にいることによる信頼感の喪失
少なくとも暴力を肯定するタイプの人間がそこにいる。
もちろんどうであれ思想を持つこと自体が悪いのではない。表に(こんな形で)出すのが問題なだけで。
中立とか中庸とか、自分たちが言ってたお題目全部に疑念の目が向けられるよね。

そして、なぜそんなお題目を唱えていたか。それはもちろん自分のためだよね?


・日本語つたないのがばれた
「自分たちが責任もって投稿したものではない」を「アカウント乗っ取られました」と読み取れる文章にしてしまう日本語能力のなさ。
大丈夫かデスク??


・アカウント乗っ取られましたの文脈を知らない
おそらく最初にあの文章書いてしまったのには「責任は自分たちではない。自分たち以外の誰かである」
ということを、言外に言いたかったんだろう。で、Twitterご協力の調査とか、外部の存在を匂わせること書いてしまったと。
だって、報道の人間なら管理責任出るしね。

だけど、不正アクセスについての理解がちょっとばかり薄かった。
普通そういうのは、本当だとステムに連絡して一大検証大会が行われて最終的には警察沙汰レベルのことだと理解が足りなかった。



あと、やらかしたときに同じ言い訳しているメンツを思い出しただけで、みんなが「あっ・・・」ってなることも知らなかった。
HPにあげる前に、システムあたり「この言い訳やばい」って教えてやれよ。



・素直さ
最初に「個人のアカウントと間違えました」
と、素直に謝っておけば、ここまで大ごとにならなかっただろうに。。。
もうあの頃には戻れない。









# by soulwarden | 2019-07-16 22:57
2019年 07月 16日

CBCやらかしについて

思い出したように書いてみる。
いや、覚えてはいるのよ。発言ポイントを他で消費しまくっているだけで。



なんで書くかというと、CBCのやらかしに決まっているじゃないか。

経緯
CBCのアカウントで、候補者への暴力を肯定するような投稿があった
(同じ内容のツイートもあるので、おそらくアカウント間違い)

内容はとりあえず脇に置いておいて
そこまでだと「アカウント間違えました」で済む。

でも、謝罪の仕方が良くなかった。
以下、HPコピペ



CBCテレビ報道部公式ツイッターでの不適切な投稿について

7月13日午後、CBCテレビ報道部公式ツイッターのアカウントより、参院選比例代表に立候補している自民党現職の和田政宗氏が街頭活動中に受けた暴力、妨害を肯定するような不適切な書き込みが行われた件について、当該者の方に、大変ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫びいたします。
当該書き込みは、弊社報道部の意思に基づくものではありません。
調査を進めておりますが、現状、アクセス権のある報道部員が投稿した形跡は確認できません。CBCテレビ報道部公式ツイッターのアカウントの運用につきましては、パスワードの変更等、運用管理の見直しを行いました。
なお、Twitter社のご協力による調査や内部調査も含めて、今後も調査をしっかりと進めるとともに、再発防止に努める所存です。



だってさ。

むちゃ面白いこと書いてある。

>当該書き込みは、弊社報道部の意思に基づくものではありません。
>調査を進めておりますが、現状、アクセス権のある報道部員が投稿した形跡は確認できません。

>CBCテレビ報道部公式ツイッターのアカウントの運用につきましては、パスワードの変更等、運用管理の見直しを行いました。



素直に読むと
「アカウント乗っ取られました」宣言であり、くっそ馬鹿にされるタイプの言い訳をしてしまったのだ。(同じ言い訳は香山〇カとかもやってやっぱり馬鹿にされてた)
おかげで一躍ネットのおもちゃに躍り出た感がある。まぁ普通に面白いよね。


でも、CBCは気づいているはず。
「これ、社内の誰かの書き込みでしょ」と。おそらく目星もついているはず。
もしも、本当に「乗っ取られました。外部からの投稿で僕たち関係ありません」と信じているなら、警察沙汰にすでにしていないとおかしいし。



これ、3連休の事件なんだよね。
つまり、報道制作技術以外の事務・営業畑はカレンダー通りなので普通に休み。
で、確認とれたのは報道部員のみ。なので、この書き方。
>当該書き込みは、弊社報道部の意思に基づくものではありません。
>調査を進めておりますが、現状、アクセス権のある報道部員が投稿した形跡は確認できません。


「元報道で、パスワード知ってた人」の可能性を残している書き方だよね。
それを潰しきれないまま発表を急いだら、疎いせいで図らずも大いに馬鹿にされる言い訳になっちゃっただけで。

もっと書くと、下っ端の所業が疑われているなら、休み関係なく先輩が「お前か??!殺すぞ!!!」の勢いで電話かけてくるはずだから、
まぁ電話かけれないところですかね。それか一先ずしらばっくれた可能性も。


ここ2-3年の人事異動洗えば、多分外部からでも数人に絞り込めそうやなぁ。





# by soulwarden | 2019-07-16 02:15
2015年 02月 02日

そろそろISISの犯行声明動画流すのやめろ

ちょう久しぶりに書く。

なんでかって、この週末から今日まで、テレビ見てつくづくむかついたから。
テレビに向かってどなるのもあれだから、チラ裏代わりに書いておく。


なぜ、何回も何回も何回も何回も何回もISISの犯行声明動画見せるの?


すごく当たり前だけど、報道のお前ら、そこからわかってないとしか思えないからイチから書くけど、ISISってイスラム国って言ってるけど国じゃないじゃないよね。
つまりひたすら流したあれは、犯罪組織の起こした誘拐と殺人の犯行声明動画だ。

営利誘拐の果てにうまくいかなかったので人質殺した犯罪組織の犯行声明なんか、それを、普通に考えてテレビに流すか?
しかも、この動画は日本人を恐怖させるために制作したもんだ。

流す必要なんてないだろ。


日曜日の早朝から浮き足立って、ひたすら通常番組とばして特番編成したはいいけど、流すものがないからって理由でそんなものひたすら流して、ちょっとは倫理的な判断すればいいんだ。聞いているのか特にEX!
お前ら報道ステーションで、ISIS持ち上げるという、訳のわからんことやってるんだから、
「あぁ、日本人を脅迫する動画を流したいのね。」としか思えなくなる。




扇動する必要なんて報道特番ではどこにもないのだ。そんな視聴率はいらんし、だれも求めていない。(それなら通常番組やるほうがはるかにいい。)
だからあれは報道機関の矜持としてやるものだ。


その矜持を、犯罪者の思惑に利用されるなんて恥だ。

だから、そろそろやめような。

# by soulwarden | 2015-02-02 23:59
2013年 04月 02日

報道の地に足がついていない感の原因は?

営業部門と報道部門は車輪の両輪であり、どっちかが欠けても会社は動かないって話は前に書いた。

報道は青臭いこと言ってナンボだし、そのために営業部門が現実を背負えば良い。



・・・って思っていた。
けど、どうも最近そうじゃないような気がする。



っていうのは金とか売上とか社会的なんとかとか、そんなの一切気にしないで、報道が報道として社会的正義を追求するための仕組みが、昨今の「地に足がついていない」報道につながっているんのではないのか。



生きていくにあたっていろんなことがある。原理原則では通らないことや思うように行かないことも山のようにある。
それは社会人として誰しもが思うことであり、そこで折り合いを付けたり、それでも曲げない方法を考えたり、目を瞑ったり、時には大喧嘩しながら生活を送っている。稼ぐためつまり生活のために。


報道は給料を保証され、つまりは稼ぐ必要から解放されている。それは後背の憂い無く社会正義のために邁進するためなんだけど、そのために社会一般の「折り合いをつける」行為から遠ざかってしまい、結果、社会から遊離した結論出してしまったり、あまりに教条的になってたりしてないだろうか。


結果として、視聴者から見放されてるんじゃないかと。


そんなことをつらつらと。

# by soulwarden | 2013-04-02 22:59