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2010年 05月 31日

TBS「革命×テレビ」が面白くない

革命×テレビ、面白くないというか・・・正確にはぐだぐだ。


このぐだぐだ感はustでは普通だけど、TVで見るときつい。



TVは知らず知らずに「同じテンポ」で動いている。視聴ターゲットにもよるけど、大体そのテンポは一定。そのテンポとustのテンポがあっていないのが原因としては考えられる。
 あとは技術的なものが、現場に影響している。現場にOAを映す戻り回線がないと、どうしても間は悪くなるよね。(これ多分ないよね。あるならustの意味なしだし。)
 中継切れとか、テレビの世界のお約束じゃ普通にありえないことも起きているし。

このままじゃ、すぐになくなりそう・・・



 以上、感想。
 じゃあ、出来はさておいといて、ではこの番組をテレビでやる意義。

多分ない。

 以前にも書いたが、ustのメディア意義としては、情報の取捨選択の箇所が編集者から視聴者に変わる点だろう。
 これは、チャンネルの選択肢が増えるって話だけじゃなくて、情報発信側として何を削って何を載せるかが視聴者側=発信者として委ねられているってことね。twitterも同じ。


 しかしながら、大勢の人が見ている中では、編集側での情報の取捨選択は絶対に必要。じゃないと、放送に乗せてはいけないフレーズが乗る可能性がある。(エロ絡みのネタから始まって名誉毀損ネタまでね。)
ということは、ustの持つ意義とテレビ放送は根本から相容れない。イコール「ただの画質が悪くてぐだぐだな中継」となってしまう。

普通のカメラとマイクロ使ってやる中継で実現可能なことやってるんだから、そりゃ意義なんてないわ。制作費安いですぐらいの話だ。
twitter連動にしても、メールのお便り募集と何も変わらん。生放送でスマステが昔からやってるわな。


この番組、なぁにも革命なんてしてないよ。




久しぶりに日に2本更新。やったね。
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by soulwarden | 2010-05-31 00:29
2010年 05月 30日

<Hearts of IRON3>赤軍の夏、クレムリンの失敗

やはりレーニンはトロツキーを後継者に選ぶべきだった・・・

1941年4月。史実より3ヶ月早く侵攻を始めたドイツ軍に、我が赤軍はまったく対応ができなかった。一応前線らしきものは構築していたが、やはり史実より膨らんでいた日本帝国軍への対応に軍備の多くを割かれていた赤軍は、物量にして1:2以上の劣勢を強いられていた。武器の性能差・将校の割合差は・・・考えたくもない。猜疑心の強いスターリンが粛清を繰り返した結果、赤軍には背骨たる下士官の数すら足りていないのだ。


そして侵攻から一ヶ月。
赤軍はずるずると後退を繰り返していた。遅滞戦術なんていいもんじゃない。ただただ敗走を繰り返しているのみだ。ティーガーが情け容赦なく、我が同志達を塹壕ごと埋めていく。再編成もままならず、新部隊は逐次投入の挙句、各個撃破の的となっていた。

傀儡フィンランドより援軍が到着するも、ドイツの虎の前には射的の的を増やしたのみだった。


本来ならば2次戦線を後方に作り、そこに友軍を収容して再編成を行い、ソ連らしくモスクワ寸前まで遅滞戦術を図るべきところだが、脳内でスターリンが
「我が赤軍に後退などという言葉はない!敗北主義者は粛清するぞ!」と叫びだし、始末に終えない。(塹壕効果を失うことや、制空権を取られたので、追撃で損害を多量に受ける恐れが高いので、タイミングが難しいし。)


しかしながら、1936年以来連綿と養成し続けた工業力は、ほぼ無傷。
この工業力と圧倒的な人的資源を背景に、冬には大反抗の計画を起こせそう。


ただし、モスクワ陥落までに間に合うかどうかは微妙な情勢。

いくら奪られても惜しくないシベリア永久凍土を緩衝とし、極東軍をえっちらおっちらヨーロッパに転進させる案もあったが、一体どれくらい時間がかかるんだって点と、「黄色い猿相手にウラジオストック放棄なんて許されない!」と脳内でスターリンが叫ぶので却下。


・・・共産国の盟主として、せめて革命だけは輸出するべきかとトルコに目をつける。仮にソビエト連邦が滅んだとしても、労働者の希望の火を消してはいけないのだ!トルコ赤化のため外交ポイントを割り振ったところでいったん中断。



夕飯から戻ると、画面にはドイツ軍に半包囲されているモスクワ。左肩には山のような「未配備ユニット」リスト・・・



一時停止していなかった。


目の前で赤の広場に突入する無限軌道。蹂躙されるクレムリン。脳内スターリンは脱出を図るも、ソ連下士官(脳内)が「敗北主義者には死を!」と叫んでスターリン銃殺。彼の兄はスターリンの手によって1937年に粛清されており、敵を討つチャンスを窺っていたのだ・・・



HoI3、途中でなんだかすごく面倒くさくなって、全部AI委任と化しちゃって、気づいたら自分が要らなくなるゲームですが、スターリンと一緒にプレイすると、非常に楽しいです。
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by soulwarden | 2010-05-30 23:12
2010年 05月 25日

本音と建前。

google+sonyTVの件は、また腰を落ち着けてじっくりね。
今日は別。


民間放送教育協会(以下、民教協)という、あまり聞きなれない系列がある。
この系列は、EXキー局で、地方局もEX系は古い局を中心に成立しており、昔から教育関連の番組を配信している。

とはいえ最近じゃ週に1番組のみ、「発見!人間力」のみの番組編成しかしていない。

で、この「発見!人間力」、予算の出し手は文部科学省。(もちろん全部じゃなくネットスポンサーつけたりしている。)理由は生涯学習の啓発。



番組の出来は・・・微妙な回とすげー回の差が激しい感じがある。地方局持ち回りで制作するので力の差が出る感じ。






で、発見!人間力。この度、きっちりかっきり事業仕分けされました
NHKや放送大学と領域が被っているから、民間の手に委ね、国は手を引くそう。


まぁ、それはそれでありなのかと思う。NHK教育があるからいらない。そう言われればそうなのだろう。番組の継続は難しくなるとは思うけど。(そんな民間の力に委ねられても、生涯教育の番組なんてペイラインまで売れないだろうしね。他の番組が存在しないのでそっちでフォローも出来ない。)


 EXもEXだと思う。国費投入されている割に馬鹿にした時間(日曜日朝5:20~)に編成してるのだ。本音と建前の部分であるが、「生涯学習」を口にするのであるならばふざけた時間帯だ。あまりに本音が見えすぎる。



 ただ、今回の事業仕分けで1ついえることは
「NHK教育の存在を国が言い訳として使うのなら、逆に民間放送局もNHK教育の存在を言い訳として使える」という点である。

 それはこの厳しいご時勢では放送局側を楽にするし、公共性を考えると国は要らん言い訳を放送局に今後させることにつながる。


これも本音と建前。
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by soulwarden | 2010-05-25 01:02
2010年 05月 21日

メディアへの飽和攻撃

「飽和攻撃」という言葉がある。

それ単体だと余裕に処理できるものも、対処不能な程の大量な物量を叩きつけることにより、処理能力のオーバーフローを引き起こし、機能不全させる方法だ。


ネットで言えばF5攻撃をはじめとしたDOS攻撃であり、軍事で言えばイージスの限界を超えた対艦ミサイル集中攻撃であり、仕事で言えば電凸で通常業務まわんねぇよバカである。

そしてメディアも飽和攻撃に晒されている。




マスメディアは、飽和攻撃に弱い。
なぜならばボトルネックが2つあるからだ。

1つには、取り上げるメディア側のネック。新聞紙面や放送局のOA時間は有限であり、3つも4つも事件が起こったら、1つ1つのスペースや時間はどうしても少なくなる。
もう1つには受け取り側。1日は24時間しかないし、覚えていられる事柄には限界がある。そんなに何もかもは消化できない。


ということは、重大な事件が起こった際、隠れ蓑のように別の事件が起きるまたは引き起こせれば、メディアまたは受け取り側への飽和攻撃となり、重大事件の方の扱いを軽くすることができる。
 ちなみに引き起こした事件は突っ込みどころが多ければ多いほどよい。受け取り手が「おいおい」と突っ込むことそれ自体が飽和攻撃の成功となるからだ。



佐藤大輔の征途3巻を読み直してる時に、たまたまTVで三宅議員転倒事件やってたんで、なんとなくそんなことを思いました。


実に見事に飽和攻撃くらっとる。メディアも。受け手も。
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by soulwarden | 2010-05-21 00:41
2010年 05月 07日

地下鉄ワンセグのけん

こんにちは。

GWはHeart of Iron3やりつづけてた孝好です。時間喰うね、この手のゲームって。




僕がゲームにかまけている間にも世界は動いているようで。現実もターン制ならよかったんだけど。


なんで結構古い記事。
初の地下鉄ワンセグ、年内に専用放送局実験


いや、なぜこれが放送局から出てこないのかってのはすごく思う。
ちゃっちゃっと地下鉄用に中継局作ってしまえばNKBが動く余地はなかったはずだ。
キー局は金持ってるんだから、それぐらいの投資はできたはずだし。


ネックになるのが、ワンセグの金儲けできなさっぷりだ。現時点での稼ぎはほぼ0。投資はし辛い状況だ。
とはいえワンセグの災害時の活用可能性は、従来ならばテレビ局が責任を持って埋めていた箇所でもある。放棄してよい場所では実はないはずだ。
(これと同じく、一部地方局が山間部に中継局を建てるのではなくケーブルテレビを使って何とかしようとしているのは、イコールワンセグの放棄となる。これは災害時のことを思えば大変具合はよくない話であるし、存在意義にもかかわってくる。どうしようもなく金かかるけどね。)


 逆にNKBは、現状金にはなっていない分野に切り込んできて、それはそれで勇気のある動きだとは思う。うまい具合に動いたら稼げるかもしれないし。
 ただし一度公共性を語った企業には今後も公共性がついて回る。儲けがなくても大赤字になろうとも絶対に撤退ができないのだ。民放ラジオ局の今のジレンマと一緒。
 その覚悟はきちんとあるのだろうか。


あと、この試みうまくいったとして、地下鉄の中吊り広告単価の下落要因にならないかなぁ。NKBが交通広告を主体としているだけに、なんだか矛盾も出てきそうな。
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by soulwarden | 2010-05-07 00:13