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2007年 12月 31日

共有による未来の可能性を具現化させる

なんか昨日のエントリから色々考えたんだけど1つだけ。
「共有による未来」を僕は信じていて、そのためにこのブログ開設当初からCC宣言をしたりしていたんだけど、
産業レベルでもこの未来があるとすれば、必然的にその未来ではコンテンツ産業のパイは膨らむわけで。(何故ならそっちの方向にみんなが雪崩を打つから。そしてその雪崩には負けない強靭な未来のはずだから。根拠無いけど。)


ということは、権利者・消費者で行われている綱引きは、今あるものを奪い合う「ゼロサムゲーム」ではなく「プラスサムゲーム」だ。(というかパレートできるってことね。)


ということは、別に対決姿勢をとらず、協調ゲームが出来るはずだ。
向かう先は両者ともが得をする明るい未来。(というか、協調ゲームにもちこまなければ、ただでさえ現状の政治力が低いMIAUは負ける。協調ゲーム路線に入った瞬間にネットユーザーが裏切られた言い出してハシゴ外しにかかる可能性は無視する。)



で、問題は権利者側の計算では「そっち側に行くと損をする」と考えていることなんだけど、これは「共有による明るい未来」を垣間見せてやれば済む話だ。CC宣言をしたおかげで大ヒットとか、そういう事例があればいい。



結論。


CC宣言をしているコンテンツ・フューチャーをみんなで買おう。これがヒットしたら有力な一事例になる。





このエントリは、ちょっとMIAU「大感謝祭」のノリを引きずっています。



















あと、こういうこと考えているときに最近どうしても頭をよぎるのは渡辺裕さんがここで展開される持論
「共有の世界っていうのは、トップだけバカ勝ちして、中堅以下は負のスパイラルになる世界になるよ」って言う点だけど、ここでは無視します。強靭な未来のはずだから。
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by soulwarden | 2007-12-31 01:47
2007年 12月 29日

今年の総括

もうなんかB-CASなんかいらないよ。。。
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by soulwarden | 2007-12-29 20:11
2007年 12月 29日

MIAUの今後を予測する。且つ僕たちに出来ることを考える。

「思いやり」でMIAUをDISるのが流行っているらしいので、僕も便乗してみようかな。
っても、多分に「MIAUの今後の動向を占う」性質のもので。




ここでスタンス表明。たまにしかここに来ない人にとっては僕はどうも既得権益の鬼らしいので。

僕はいまの著作権法や管理団体の運営等、非常にわずらわしいし、非効率なものだと思っている。
例えば、これだけブログ書く人が増えている中、絵の1枚自分のブログにアップするにも著作権法が関わってくる。しかしながら、権利が切れているかどうかを確認すること1つとっても大変面倒くさい思考プロセスを経なければならない。戦時加算なんて知っている人間のほうが少ないよね。

これまでの著作権はぶっちゃけると商用だったので、多少わずらわしくても企業法務とかだけが知っていればよかった。しかしネットの隆盛と共に「一般人」が「発信源」となることが多くなってきている。
ということはそんなことも言ってはいられない。「簡単」で「常識な範囲の金額で使える」法を含めたシステム(逆に権利者からすれば「効率的」で「透明性が高い」システム)が要求されているのであろう。それはいま現実にはない。(だから僕は度々「携帯電話の料金くらい簡単に著作権料が払えるようになればいいのに」といっているわけで。)

ただし携帯電話みたいに料金を簡単に支払う手段が無いからといって、では勝手にやっていいという今の風潮は僕はおかしいと思う。
法というのはみんなの約束ごとだからだ。どんな悪法だろうと、そこにどんな立法プロセスがあろうと、民主主義社会ではみんなの決めたことというのは、破ってはいけない。当たり前だ。

よく「親告罪」だから「勝手にやればいい。ダメなら権利者が削除する」とかそんなことを言う輩もいるが、これは「親告罪」の意味を履き違えている。どこまでいっても罪は罪だ。
法治主義の社会では「勝手にやる」の対価は「刑事で捕まり、民事で不法行為の賠償金を支払う」ことである。「勝手に削除される」ことではない。
そんなリスクは負えないし、権利者からしても不幸な結果をもたらしかねない。よって、あくまでも現行法の枠組みでやりたいことを何とかするのが正しい姿勢であろうと思う。

 

だから、その立法プロセスに介入し、少しでも「使いやすい」著作権を作るという活動が試みられていることは大変いいことだろうと思う。放っといたら「まずます使いにくいインターネッツ」になってしまう。
だからMIAU自体の活動は応援しているし、素晴らしいものだと思っている。



さて、それを踏まえてMIAU。


何か書こうにも切込隊長の記事がはるかに良くまとまっているので、越えられそうに無い。確かにこの通りだとは思うし、適切な方向だ。

では、ここから何をするか?

MIAU初戦の戦法は「ダウンロード違法化」にむけて「パブコメ」への動員だった。
1万件弱のパブコメを用意したのに、結論では「負けた」。

しかし、これは「負けるために負けた」のではないかと思う。
1つ目には、「間に合わないけど出戦はしなくちゃいけない」。
2つ目には「矛盾を暴き出し、後の燃料にする。」
3つ目には・・・ここには書かない。足引っ張りそうだから。


 準備期間や組織化に難があり、戦える武器は「数」だけだった。(ネットユーザーの数を頼みにする時点で、「パブコメジェネレーター」も確かに必要だったと思う。)
 それによって、相手の矛盾も引き出すことが出来たし、悔しい思いも出来た。

 ぶっちゃけると初戦は負けたことで「勝ち」なのだと思う。僕ならそう判断する。



これから必要になるのは政治力だ。
政治力というのは「その代表の後ろに何人の影が見えるか」「どれほど経済に影響を及ぼすか」という点にある。(もちろんそれだけじゃないけど)


例えば主婦連。
不良マッチ退治運動から火がついた(ダジャレじゃないよ)彼女らの活動は当初はしゃもじを持った主婦達の「数」の運動だった。
しかも、日常生活において財布の紐を握る主婦は人数を集めれば集めるほど、経済に携わるものにとっては分かりやすく「脅威」になった。(主婦の集めた署名リストとか考えただけでも恐ろしいよね。)
 米価や電気代と言った身近な問題について次々と問題提起を行い、「家庭の財布」と「人数」を政治力(サイヤ人の言う戦闘力みたいなものだ)に交換し、発言権を確保していった。

いまの主婦連が当時から比べるとどれほど力が衰えたのかは分からない。
多分現状の組織力でいうと、設立当時と比べると1/10もないだろうけど。

しかしながら「主婦代表」という地位を確固と築き上げた現状、彼女達の言葉はいまでも一定の発言力がある。



で、MIAU。数を頼みにするしかいまは方法が無い。
これも立派な武器だ。特に民主政治において数が集まればそれは1つの脅威だ。
しかし、パブコメは1万件弱。
都知事選の外山恒一の方(1.5万票)が(東京だけなのに)多い。(もちろん、全体数からの割合でいくと大変なものだけどね。)


となれば、これからMIAUの政治力をあげる方法は2つ。
1、数を増やす。
2、質をあげる。


1、数を増やすという点では、
「矛盾を暴き出し、後の燃料にする。」という点で、初戦では成功を収めている。
そりゃそうだ。輸入権の当時「数で言っても・・・」とパブコメの数で負けたことをもって理由の一つにしていた官僚が、今回「数は圧倒的なものの・・・・」と真逆なことを言う羽目になっている。
いい燃料は貰った。数で圧倒できたのに負けるという悔しい思いも出来た。
では、これをもって今後の活動に引火させることができるかどうか。

MIAUの中の人にこれ以上頑張れ言うのは正直酷な話だ。何の自己利益にもならないことにお金突っ込んで、「みんな」のために頑張っているからだ。(例えばシンポジウムやるにも会場費や配信費なんかかかっているのを誰が負担しているのか。これはほんの一例に過ぎないはずだ。)

だから「みんな」が出来ることはないか。それを探して、行動に移すことだ。

一番は、運動の火を絶やさずに拡大させていくことだ。
おそらく燃料はこれからもガンガン投下される。というかMIAUの中の人がしてくれる。それに対して運動の広がりをどこまで見せることが出来るか。
例えば今の15倍もパブコメが来れば、さすがに無視できる数字ではなくなる。(都知事選で言うと故黒川紀章くらいのポジションだね。)
というか主婦連のように「確実に財布の紐を握っている」わけではないネット住民にとって、いまのところ人数しか勝負できるものが無い。
とにかく運動を拡大させることが、個々の「みんな」に可能であるか。さらにそれを「続けていく」ことが出来るかどうか。それに尽きる。




ただし、その数の「質」が問われる局面というのはあると思う。
それが2番目。「質を上げる」ということ。具体的には、その集めた人数が「どれほど真面目な消費者」かを示す必要があると思う。


今回権利者がやろうとしているのは、「違法着うたサイト狩り」。要は海賊対策だ。
何故海賊対策をしなければならないか。そこでは他人の権利を勝手に使って一儲けするものがいるからだ。海賊って要は焼畑農業みたいなもので、海賊以外は誰も彼も碌な事にはならない。
海賊を何とかするべきというのは、異論の出ない話だ。明確に違法だし。


ただし、海賊は独りでは経営が成り立たない。奪ったものをPVなり有形物なりといった換金しやすいものに換算して商売をする。そこにおいて「海賊と取引をする者」が必要になる。
そこがいままで「合法」だったので、海賊に一般利用者が群がっていた。
とすれば、罰則無しにせよ「取引を違法」にしてしまえば、「一般利用者」はそこから自然と離れていく。
海賊を社会から遊離するさせることが可能になる。
権利者はおそらくそれを狙っている。
そりゃ「ダウンロードも犯罪です。」言われたら、ドキッとするよね。


でも、だからって海賊対策をされる上で、一般利用者も網をかけられ普通にネットを使う分に不便になるっていう弊害が発生するし、「違法着うた狩り」ですまないかもしれない。MIAUも、ここを懸念しているわけで。

しかしMIAUの主張を表面上だけなぞると
その海賊と取引しているものも守ってしまうという形に受け取られてしまう。
だからこそMIAUが権利者団体から「おまえなぁ」言われているわけで。

しかしながら、それは意図しているところではないはずだ。
MIAUは、少なくとも海賊の存在は認めていない。
「アップロードした者が悪いからそっちを何とかすれば、今の法でも対処出来る」という発言はその点から出ているわけで。

となれば、MIAUが海賊に対して対決姿勢を示すのは基本的には筋が通るし、スタンス明確化にもなるし、政治的に発言力を上昇させることに繋がる。(なぜならば基本的に流通というのは下流に行けば行くほど立場が強くなるからだ。そして最下流の消費者って実は最強だ。)


おそらくMIAUの大感謝祭はその一環。海賊は基本的には「感謝」などしない。
しかしながら抜本的な解決にはなってはいない。
MIAUはどこかで集めた「数」を「純化」させる必要に駆られるのではないかとも思う。最強カード「消費者」になるために。ものすごくタイミングは難しいが。
(繰り返すが、これはあくまでも僕の予測だ。)

(さらに補足すると僕の視点はここで切込隊長の
>本来なら、これが先進的なネットユーザーの集まりだと自称するのであれば、現状のネットの無法地帯ぶりを確認し、これらのフリーライダーを制限するか、ネット時代の著作権について既存の業界団体と話し合わなければならない。
の点に還元される。)


そういう意味では、「みんな」に出来ることが1つある。
「海賊と取引した」とか、公の場では言わないことだ。

権利者が一番怖れているのは「罪悪感無くカジュアルに違法コピーされること」だ。それがスタンダードだと思われた瞬間、社会の根本から情報に揺さぶられやすくなっている日本国民は、一斉にその方向に流されてしまいかねない。「出来ること」と「やっていいこと」の差がなくなってしまう、それを怖れている。と思う。

だから、ブログとかSNSとかブクマとか、そういう表立ったところで変なこと言わない。(どんなのが変なことなのかは自分で考えて。)
正直、言わないだけで効果があると思う。




「僕たち」は、「真に使いやすいネット」の環境を得るために、MIAUを立ち枯れさせてはいけないし、そのためには5年10年スパンでの支援が必要になるだろう。
彼らは「みんな」を守るために、矢面に立っている。仕事干されるかもしれないとか思いながらも。それを見殺しにだけは絶対にしてはいけない。

そのためにネットユーザーは、お金も出さないといけない、実名も出さないといけない、人手も出さないといけない、そんなタイミングが来るだろう。
その時に求められたもの、それ以上の手を差し伸べられるか。

もっと言えば支援を求められる前に、より主体的に関われる方法はないかを考えないといけないのであろう。







・・・で、「お前は何をしたの?」言われるんだろうなぁ。
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by soulwarden | 2007-12-29 17:11
2007年 12月 28日

とりあえず近況報告

年末進行終わったー!

今日から僕は自由の身です!
それと年末進行自体は仕事だから別にいいけど、お願いですから22時から忘年会とかやめて下さい明日と言うか今日はまだ仕事なんです帰らせて下さいえっもう1軒ってありえません既に空が明るいじゃないですかそして何故この店は朝まで閉まらないんですか!!!





胃が痛い。あと年賀状まだ書いてないというか葉書買っていない。。。



さぁ。書くよ。




あと、年始に撮る映画の脚本も(今から)書く。
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by soulwarden | 2007-12-28 23:58
2007年 12月 26日

とりあえず生きています報告

書きたいこと多いけど、年末年始進行が終わってないし、まだ年賀状にすら手をつけていないからごめん。







物凄い旬を過ぎてから色々書こうっと。
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by soulwarden | 2007-12-26 08:24
2007年 12月 24日

世界へメリークリスマス



いつもの日課通り、独り映画へ行こうとして「今日独りで映画へ行くということ自体が何らかのメッセージを発信している」と気がつき、車をUターンさせる。



対向の家路に急ぐ沢山の車。きっと助手席はケーキやサンタさんのクリスマスプレゼントで埋まっているのだろう。


近所の小さなケーキ屋さんに寄り、イチゴのショートケーキとトナカイの砂糖菓子を買う。母へのプレゼント。






メリークリスマス。それぞれの小さな幸せに。
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by soulwarden | 2007-12-24 20:29
2007年 12月 21日

ジャックになりかわって

ロールズ正義論の文脈で、今の著作権問題を斬る!って連載書きたいなぁ。



格差原理とか、無知のヴェールとか、正義の理論とか、現実に当てはめたらすげー面白そう。
特に「社会の状況は把握しているが、自分がどのプレイヤーだったのかだけは忘れる=みんながみんなのことを考えるようになる」無知のヴェールを通して現状をみてみたい。

だって、権利者も消費者もみんなが好き勝手言ってるだけでしょ?だったら立場が変われば見え方が変わるでしょ。
例えば初音ミクの無許可配信、このケースはここぞとばかり「宣伝になるから」「この需要が有効に使えない権利者が悪い」って言うべきだ。今までそういったことを口にしてきた人ならばね。でなきゃダブスタ。)



話それた。
連載のタイトルと大雑把な内容だけ考えてみた。


連載その1、いまの著作権問題を「パレート最適」してみる。
連載その2、果たして「パレート最適」は、公平を実現するのか?
連載その3、正義の理論~あなたの音楽才能は誰のもの?~
連載その4、アローの反撃~新厚生経済学が芸術の「効用」を序数で語る。~





やべぇ。僕が読んでみたい。誰か書いて。

・・・僕は、タイトルだけ考えたら満足してしまったので、もういいや。



出版社か雑誌社から執筆依頼こないかなぁ。そしたら書くのに。ただし、供給は出来ても需要がない気がする。すごく。
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by soulwarden | 2007-12-21 01:57
2007年 12月 18日

パンフレットからムンク接写!

昨日の「ムンク展」のエントリに、「死の苦しみ」のパンフレットからの接写を追加しました。



写真がクソ下手なのは勘弁。そして写真じゃ絶対に伝わらないのも承知。(これだと僕もなんともない。)

興味のある方は、実際に行って174×230センチのカンバスの前に立つべきです。









さて、普通、こういった絵をブログに載せる場合には著作権法があるために著作権者の許可を取る必要がある。この場合にはムンク・・・は死んでいるのでムンクの著作権を受け継いだオスロ市だ。(ムンクは生涯独身で死後寄贈された)


しかしここで疑問が2つ出てくる。
1、僕は日本人、ムンクはノルウェー人だ。
2、僕はノルウェーの著作権法を全く知らない。

つまり、国籍からいってノルウェーの法律に僕は従う必要がない。
また、ノルウェーの法律を守ろうにも、正直よくわからない。著作権の保護期間は国によってマチマチだ。つまり、彼の著作権が生きているのかどうかも分からない。ノルウェー語分からないから、ぐぐりもできない。困った。





わからないはそれで放置して勝手に使っても良い。


・・・という訳にはもちろんいかず、普通の国はベルヌ条約を締結している。もちろん日本もノルウェーも。
そこには「自国民への保護と同程度以上に締結国同士の著作物の保護をしなさい」と規定されている。

つまり、日本の著作権法の規定を守っておけば、ノルウェーの著作権法の保護機関が100年だろうと200年だろうとムンクの著作物は使えると言うことになる。


日本の著作権法上の規定では、絵画に関しての著作権は死後50年と設定されている。
ムンクの死んだのは63年前。安心して使える。




・・・というわけでもいかない。

ここで戦時加算がついてくる。

実は日本はノルウェーに戦争で負けている。
一回も砲火を交えることはなかったけど、敗戦の1月前(1945年7月6日)にきっちり宣戦布告されており、ノルウェーは戦勝国の仲間入りをしている。


そして、敗戦国には「戦争ペナルティ」の一環として
「戦時加算」が課せられている。
「お前等、戦争中に俺達の著作権守ってなかったろ?だから追加ね」と、こういうわけだ。

そんなのお互い様じゃ!といえない敗戦国の情けなさ。

で、日本敗戦の1月前に口だけ対日宣戦布告してる戦勝国ノルウェーは、日本に対して3846日の著作権の延長を手に入れている。(ただし、戦争中に著作権があったもののみ)

3846日と言えば10年半。
つまり、1944年に亡くなっているムンクの著作権は、2005年まであった事になる。あ、一昨年じゃん。



ということで、ムンクの著作権は切れているので、ブログに上げても大丈夫。










・・・というわけにもいかない。


何故なら僕はムンクのパンフレットから写真撮影をしているからだ。
このパンフレットの著作権は?


カメラマンとか編集とか、結構労力かかっているよね。
その労はどうする?果たして本当に写真とってアップしてもいいのだろうか?



写真には著作権は存在することがある。
そりゃそうだ。写真家だって芸術家だ。


さて、著作権が発生する場合とは?

著作権法2条に定義がある。
  一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。


しかし、接写しただけのこのパンフの写真は要件を満たしていない。
よって、写真には著作権が発生しておらず、勝手にパクってもOKとなる。

(ただし、パンフレット自体には解説やレイアウトに著作権はあるので注意ね。)








と、ここまで確認してようやくアップが可能になるんだけど、ここまできてパンフレットの「死の苦しみ」の解説読んだら、なんか昨日僕が書いたエントリに似ている気がしてきて。。。。


見て書いたわけじゃないからね!
見てなくて「臨終の場に参加した」って書いたんだからね!まじで。








 しかし、著作権法って面倒くさいよね。絵を1枚アップするだけでここまで考えなくちゃいけないなんて。
なんか、いい方法があればいいんだけどね。
簡単に使えて、みんながハッピーになれるような方法があれば。
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by soulwarden | 2007-12-18 00:27
2007年 12月 17日

視界全部がスクリーン!

あと、国立科学博物館のシアター360(愛・地球博のやつ)は機会があれば是非1度。



大興奮ですぜ。
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by soulwarden | 2007-12-17 00:58
2007年 12月 16日

ムンク展

何も考えず上野に行くとムンク展やってた。前回来たときはダリやってたし、その前は北斎展だった。

東京の人ってつくづく恵まれてるよなぁ。


さて、そのムンク展、凄まじかった。
人生をそのままぶつけるような作品群。苦悩の赤(彼の絵の赤は本当に怖い)。描かれた愛や想い。



特に僕が惹かれたのは「死の苦しみ」。
d0050270_0404586.jpg

              死の苦しみ 1915年頃 カンバス 油彩 174×230センチ






この絵を見た瞬間に僕は嘔吐しかけた。凄く気持ち悪い。そこには紛れもない「死」が描かれてあった。

繰り返し繰り返しムンクの頭の中に再生されたであろう怨念のような情景を目の前にして、僕は完全に絵に取り込まれた気がした。


トイレで嘔吐したあとで再び絵の前に立ち尽くし、絵の中の臨終の場に参加し、そして思った。


こんな苦しい絵を描く時のムンクの辛さはいかばかりのものだったのだろうか。その制作過程、狂気としか言えない。


送り手の伝えたいものが受け手に等価で伝わることは、奇跡の1種だと思う。
僕がこの絵でムンクの伝えたかったことを本当に理解しているか、どこまでも確信が持てない。

ただ彼の狂気を、わずかの時間ながら共有できたこと若しくはできたと信じれたことを嬉しく思う。


作者のムンクに、この絵をこれまで大切に保存してくれた人に、そしてこの展覧会を開いてくれた国立西洋美術館の方に感謝。



※このエントリは、MiAUの「大感謝祭」への賛同の一環として書きました。

ムンクは死後63年経ってますが、著作権と作者への敬意は関係ありませんので。
なお、ムンクの著作権については、事例として別にエントリ上げました。
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by soulwarden | 2007-12-16 16:26