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2007年 06月 29日

放送の垂直分離問題:CATVの問題

さて、ところでこのシリーズ、興味ある人いるのか?
じゃ続きです。
CATVが、現在抱えている問題が1つ。

有線放送に対して、適正な著作権処理を行っていないのである。

著作物というのは事業者を越えて中継する度に許諾を取る必要がある。

ケーブルテレビが入った場合、各家庭までの経路は通常
A著作家→Bキー放送局→C地方放送局→Dケーブルテレビ

となる。

上記、例えばA俳優を例に取る。Aの実演をBキー放送局が放送するには、もちろんA俳優の許諾が必要だ。
C地方局がそれを受けて放送する場合にも同じく、A俳優とBキー局放送局からの許諾が必要だ。
(もちろんCが中継することはBキー局は織り込み済だし、Aへの許諾も通常はBが代行する。)

ではDのCATVは?
この場合、許諾を求める先は、(C放送局は中継するだけなので著作権を保有していないため)、A俳優とB放送局となる。

そこでCATVは、JASRACをはじめとする著作権・隣接権の管理5団体と包括協定を結び、いくらか金を払うことによってAの著作権者から訴訟を起こされないようにした。(払わないって揉めた会社もあったみたいだけど。)
(ちなみにこの部分が最近法改正され、著作隣接権については許諾権放棄。代わりに請求権を獲得した。A俳優の持つ「実演権」は隣接権のため、この場合は許諾は必要なくなった。)


しかし、これでもケーブルテレビが処理できていない著作権は2つある。
1、著作権管理団体以外の権利者
2、放送局の持つ著作権(上で言うと、Bキー局とC地方局の著作権。)


このうち、クレームがついた場合の致命傷になりうるのは1の方だ。
「うちは著作権管理団体なんかに入ってませんよ」って人は山ほどいる。
その山ほどいる著作権者のうち、日本人ならまだ「話せば分かってくれる」可能性がある。まぁ訴訟も起こしやすいけど。
問題なのが外国人。もっと言えばハリウッド。あとは国際オリンピック協会やFIFA。

こいつらが本気になったら・・・多分CATV業界は吹き飛ぶ。間違いなく。
なんせ無許諾で有線放送を行っているのだ。
いまのところ警告も出していないけど。

ちなみにFIFAについては、前回のW杯の時にヒヨって再送信しなかったCATVもあるみたい。



2、放送局の著作権について

放送局はCATVに再送信の同意は交わしたものの、著作権の許諾は出した覚えはない。
・・・とのクレームが、最近放送局よりついている。

ナンクセのように思えるものの、確かにCATVは、放送局の著作権を処理できていない。
この点については、CATVは「難視聴対策でやってる事業なので」との一本槍で強行突破する心積もりのようだ。理由になっているようななっていないような。
この県は、キー局5つが訴訟を起こせば、また話も変わってくるかも知れない。一番著作権を侵害されているのはキー局だもんな。

ちなみに総務省はこの件については沈黙中。











 著作権のほか、CATVに不利な問題がもう1つある。最近NHKもやるって宣言した地震の緊急放送だ。
地震緊急放送は、P波到達からS波到達までのわずかな時間を利用して避難を呼びかけるシステムだ。
これは自動化の関係上、そして「県域放送」という都合上、隣県への地震緊急放送は流れない可能性がある。
 つまりお隣の県の放送を見ている人と、自局の県の放送を見ている人、例えゴールデンタイムで同じものを視聴していたとしても、地震で助かる助からないの違いが出るかもしれない。
 それは問題でなかろうかって話が多少ある。






 眠いので少しずつ少しずつ書いていくよ。



次回、大臣裁定の話。
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by soulwarden | 2007-06-29 03:06
2007年 06月 27日

放送の垂直分離問題:CATVの出現

さて、次の日には書く気だったのに放置してしまう昨今。「毎日書く」が目標なのに。。。



さて、・・・どこまで話したっけ。。。。そうだ。CATVだ。



日本は山がちな土地である。そして電波は山を越えられない。
各地方局は、田舎ならではの山地を中継局や中継ミニ局を設置してエリアカバー率100%を達成させたが、それでも難視聴地域というのがのこった。
また平野部でもビルの陰などで難視聴地域が出現した。

CATVは、そういった難視聴の対策として生まれた「共同受信アンテナ」が出発点だった。
放送局は「自分のところの視聴に問題がある」点から、放送再送信に同意した。

で、ここがCATVのうまい点だと思う。CATVは放送局からの許諾を得る際「そこの地域で物理的に映りえるチャンネル」から全部許諾を得たのだ。

つまり、「頑張れば映る」隣の県の局からも再送信同意を取り、流し始めた。
いままで2局や3局しか映らなかった地域にとって、チャンネルが5系列全部映るというのは、大きな移行インセンティヴになり、CATV使用人口が一気に増えたのだ。
放送局にとっても、隣の県で視聴してくれているという点で、視聴人口が増えるおいしいことだった。公式な営業数字には出来ないが、フック等には充分に使えるのだ。(実際隣の地区に、うちのエリアの予算が落ちていたりする。)隣のエリアに同系列の局がなければ遠慮することもない。積極的に送信同意を行う系列も現れた。


 その結果何が起きたか?書くまでもない。視聴率が下がった。
原因はいくつか。
・裏局が増えた。
・同系列隣接局でながれている同じネット番組に視聴率を食われた。
・その地区初放送のはずの購入番組が、視聴者的には再放送になった。


これが現れ始め、地方局はCATVと少しずつ仲が悪くなってくた。「何故そもそも再送信に同意したんだ!」というところまでが問われ始めてきていた。


そしてデジタル化だ。
デジタル化については、アナログと別免許のため、CATVは再送信同意をもう1度行う必要がある。しかしながら、地方局がこれを渋り始め
「隣接地域局を再送信しないと約束しないと、再送信同意を行わない。」といい始めているのだ。


もちろんこのような行為は、独占禁止法に抵触する恐れがある。
さらに、これが通ると、視聴者側にとっては「デジタル放送になってチャンネルが減る」という馬鹿みたいな状況になってしまう。


しかしながら、CATVにもあんまり正々堂々主張できない弱みがあった。
著作権処理と、緊急放送だ。


以下、続く。
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by soulwarden | 2007-06-27 02:56
2007年 06月 21日

放送の垂直分離問題:現在の状態整理

さて。
分かった。全部一度に書こうとするからダメなんだ。

ということで現状の話。基礎の基礎から。



現在、日本には5つの東京局をキー局に据えたテレビ局ネットワークがある。
・・・そこからかい!って言われそうだけど、そこからはじめる。

まず、ネットワークとは何か。

テレビ局が保有する免許は大抵は県単位となっており、この例外は東名阪の3広域放送と、岡山香川・島根鳥取だけだ。

これは、電波というものがそもそも持っている「あんまり遠くへとばない」という物理的性質からくるものだ。他にも「県民意識の醸成」とか「ローカル情報を流すため」とか「行政区分と一緒のほうが都合がいい」とか、そんな事情もあるだろう。

しかし、県単位では報道機関として致命的な欠点がある。県内以外の大きな事件事故について情報を得る手段もなく、逆に県内の事件事故を全国へ届ける手段もないのだ。

そこで、各放送局が報道協定を結び、ニュースの共有と配信システムを作った。これが「報道ネットワーク協定」だ。

これと同じく、スポンサーからは「全国一斉にTVCMを打ちたい」との要望が出始めた。
これにより、「地方局に番組を売り、その番組のCM枠をキー局が一律で買い戻して、全国セールスを行う」ネットタイムと呼ばれる手法が成立した。
そして、この価格は

地方局が払う番組販売費<地方局が貰うネットタイム費

であった。
経営基盤が弱い地方局にとって(なんせ地方だから)、このネットタイム費は大変おいしいものだ。
これにより、番組(特にゴールデンタイム)を強制編成し、ネットタイム費をもらう「系列」システムが5つ誕生した。
地方局は、編成の自由をある程度放棄する代わりに、補助金のようなお金を手に入れることが出来るようになった。



ただ、ここで問題がいくつか発生した。


各圏域放送では5局揃っていない地域が多いのだ。
どこの県にいくつ放送局を置くか、これは総務省が管轄する周波数割当計画で決定されている。
要は「この県には3局」とか「ここは2局でいいだろう」とか、役人が決めていったのだ。
大体は、その県の経済力や人口で局数は決められた。


放送局にとっては、これはおいしい事態だった。
新規参入障壁が高い以上、その県の経済力に見合った果実を確実に手にすることが出来る。(広告はおおよそGDPに比例する)
競争相手が少ないと価格の維持もしやすいし。視聴率だって60~70%あたりの頭数割りだしね。


一方、視聴者にとっては、5局、せめて4局ないのは、他の県と比べて「情報格差」を意味する不愉快な事態となった。
見たい番組が見れない。その苛立ちと需要を満たす存在が現れた。
ケーブルテレビ(CATV)だ。



以下、続く。




(6/23、文章を追記しました)
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by soulwarden | 2007-06-21 23:56 | 疑問
2007年 06月 19日

近況報告

こんばんは。
更新サボリの孝好です。


僕がサボってる間にNTVのディレクターが万引き+覚せい剤という、麻雀で言えば、リーチのみの手に裏ドラが12枚乗ったような技かましてるみたいだし。大丈夫か?



で、ブログ書かずに私は何やってるのかと申しますと、DVD作ってます。
しかも人の作品の。

商業ベースじゃないんだけど、4桁の枚数プレスする関係上、販路確保したり、販売見通し表作ったり、プレス会社調べたり、著作権処理したり、何故これを僕はボランティアでやってるのか心底わからない状態。これ普通に業務じゃん。


特にめんどくさいのが著作権。
音楽関係はJASRACで簡単だから・・・とか思ってたんだけど、メインに使ってる曲群にJASRACマークがなく、個別交渉の必要が出てきてる。権利者にメールしても返事が返ってこない。
出演者についてもワンチャンス制(映画は一度許諾したら、そこから派生する予告編もDVDも全部許諾したとみなされる)適用のはずなんだけど、未成年だけはもう1度許諾とらないと・・・と片っ端から電話させたり。
もっと言えば元々の映像の著作権でも揉めていたり。映画の著作権というのは映画製作者にあって、製作者と言うのは「発意と責任を有するもの」(29条と2条)なんだけど、発意と責任の所在がバラバラな場合の判例がない。こういう時はクレジットの制作著作を書いたもの勝ちなんだけど、何故かそれもない。。。



果たして無事に何とかなるのか?そんな状態です。




明日は真面目に書く。宿題に手がついていません。
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by soulwarden | 2007-06-19 00:36
2007年 06月 15日

ごめん更新できてないです

ホントごめんなさい。いま少し面倒時に関わっていまして、なかなか時間が…

垂直分離の話なんて、早く書かなきゃ結論出かねないのに…
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by soulwarden | 2007-06-15 08:15
2007年 06月 11日

垂直分離というのは、放送でもある話。

書こう書こうと思って1週間・・・



ようやく時間が取れて書ける状況になって、2時間頑張って書いて、その挙句アップロード失敗して文章がとぶのは何故でしょうか?


エキサイトに殺意を覚える今日この頃。いいから僕のエントリ返せ。
どうせ「つぶろぐ」のせいでしょ?


・・・・明日書きます。
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by soulwarden | 2007-06-11 06:50
2007年 06月 08日

携帯から苦情

ええぇぇい!エキサイトにログイン出来ない!


布団被って寝る!おやすみ!
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by soulwarden | 2007-06-08 01:11
2007年 06月 07日

またTBSか!と昨今言われておりますが。

なんか最近、TBSの失態が目立つよなぁ。



TBS、いまが(視聴率的に見て)大事な時期だし、焦ってるんだろうな。
このたびのピンポン!とか、TBS系列にとって長年の課題の時間帯だし。




全くもって非常識な話だけどね。
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by soulwarden | 2007-06-07 02:01
2007年 06月 06日

シベリア少女鉄道「永遠かもしれない」篠塚茜が可愛いすぎる件について

気分が乗らないので新規投稿。埋め立てはまた後で。
さて、おもいっきし趣味に走るよ。



さて、ここにいつもいらっしゃる方の中で何人ご存知なのか知らないけれど、シベリア少女鉄道という劇団がある。
脚本演出の土屋亮一は、
「月9とか何も考えずに見てて、恋人達の別れのシーンで急に空から七人の悪魔超人とかが降り立ってきたりしたらそりゃ面白いだろうに」
とのコンセプトで芝居を創り続ける大きな子供。

1時間半で状況説明の真面目な劇を構成し、最後30分でそれをいかに破壊するかに命を賭けている。これまでの公演はこんな感じ。そんな劇団。



今日は、先日千秋楽を迎えた最新作「永遠かもしれない」のレビュー。こちらはいつものフォーマットを崩し、30分状況説明、残り全部その破壊…というか壮大なるノリツッコミだった。
あ、こっからネタバレありね。
簡単にあらすじを解説すると、漫才の技法の「ノリツッコミ」あるでしょ?あの「ノリ」の部分が2時間続くの。「ってなんでやねん!」っていうまでが長い長い。
 最初、亡くなった恋人とか姉とか相方とかが沢山幽霊で出てきて「漫才中ちゃんと見守っているから」とか言ってるいい話かと思いきや、ちゃっかり幽霊達はそのノリの部分に参加しているという。で、相方役は時間以内に終わらせようと一生懸命奮闘するんだけど、忠臣蔵の途中にタイムトラベラーが出現したりキャッツアイが出てきたりで全く収拾がつかなくなる、そんな話。
・・・あらすじ書いても分からないね。


 しかし相方役の篠塚茜は何故あんなに可愛い?メリハリのきいた演技するし、パワーあるし、存在感あるし。
・・・この女優さん、昔付き合ってた女の子に顔も体型もすげー似てるんだよね。。。舞台で観てもドキっとする。




そして思う。メタ演劇という同じ領域の鴻上尚史と土屋亮一の差を。・・・併記しても同じ領域とは思えないくらいの差だ。(メタの方向性が違うというのもあるけど。)
これは才能の差ではなく、時代の差なのだろう。「80年~90年」という時代に生きた者と、それを通り過ぎたところにある者と。



 演出はなべて「神の視点」を持っている。当たり前だが、演出「神」がいうことは芝居では絶対だからだ。舞台の上が全て自由になる。
 そして鴻上はこの特権階級を観客に対してもふるう傾向があった。一番分かりやすいのは「トランス」。最後、メタ的視点を出演者全員がとりあうことで、今まで観客に提示してきた情報をひっくり返しまくることで物語を作っていた。
  鴻上の根底に流れるのは「絶望」である。絶望の縁にいながらも明るく空虚に笑い続けるのが鴻上作品の根底のスタンス。そしてこれは芝居というジャンルの空気と時代にも合致しており、一時代を築くことが出来た。(もちろんメインストリームは野田だけど。)


 しかし、土屋はそれを嘲るように、笑いを優先させる。
彼にとっての神とは「猪木」だったりする。そして、それも笑いのための記号化されたツールだ。

 今回の「永遠かも知れない」、キチンとした作品に仕上げるのなら、いくらでも可能な脚本だ。
 長い長いノリツッコミにそれらしい台詞を混ぜ込み、それにより出演者を「覚醒」させ、メタの場に雪崩込めば良い。「死してなお」と、想いを抱えている人は舞台上に沢山いる。
鴻上なら間違いなく、その作業を選んだであろう。しかし土屋は、相方の妹も、死者達の思いも意図的に放置し「永遠かも知れない」世界を優先させる。相方の妹、ずっと舞台の横に立ちっぱなしで待ちぼうけ。放置ここに極まる。


 絶望の中身なんて、言葉にしてしまえば、つまらない自分語りだ。鴻上もそのことには重々気付いておりながらも(「言葉は想いに、少し、足りない。」映画ジュリエットゲームの名台詞だ。)結局はそのスタンスから離れることが出来なかった。(そのジュリエットゲームが一番離れようとした作品だろうね。)


対して土屋は、メタ視点を徹底的に娯楽だけに使う。
演劇のお約束や伏線、時代状況から共通認識、舞台構造までも全て笑いの元だ。(真面目に芝居してる役者達を乗せた回転舞台を、猪木がビンタで回したりする。)



 面白いことに、土屋作品では、役のもつ「想い」は、投げっ放しで舞台中では触れられないまでも、実は叶えられている。死者達の想いも、相方の妹の想いも、主人公の想いも、全部救われている。相方は…まぁ、最後まで可哀想だけど。


多分土屋にはそんな意図はサラサラなく「いや、そんなことがしたいのではなくて、月9に七人の悪魔超人がね・・・」と言うに違いない。

でも観客として、「あそこで、いい物語へ行こうと画策してくれなくて本当によかった」と思う。
時代はすでに90年代でもなければ、まして80年代でもない。つまらない絶望も虚無も空虚もいらない。メタに逃げ込むのではなく、それすら遊び道具として取り扱ってくれる方が、いっそ清々しい。

 そういった意味で、いい芝居だったと思う。純粋に面白かった。



 あとこのレビューは、昨今のちょっとした小劇場ブームの若手筆頭に、その前の小劇場ブームの中心を並べてみて、何か言いたい気になっただけ。
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by soulwarden | 2007-06-06 02:55