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2005年 05月 31日

第1回 メディアを騙す男達:インターネット時代の報道姿勢を問い直す

昨日書いたHotwiredの記事、ソースようやく見つけた。

見つけて気付いたこと。
書いた人小林雅一じゃねーか。


もう一つ気付いたこと。ソース読んでもらえれば、僕なんか書くことないじゃん。。。
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by soulwarden | 2005-05-31 23:36 | メディアリテラシー
2005年 05月 31日

さて、大使館も撤退するわけだが

あんなにデカデカとやっちゃったのに、ガセの可能性が高くして政府撤退

今日はどこの局も
「元々この話は仲介者のみが情報源で、旧日本兵の名前が厚生労働省の持つ名簿と一致したため・・・」
とかなんとか、ニュースやワイドショーで一生懸命言い訳していた。


「ふーん。」と他人事のように聞いていて、それから怒りがわいてきた。


お前らもっと早くソースに当たれよ!



・・・文字で遊ぶ気はなかったけど、気持ちが通常フォントサイズでは収まりきらなかったので。
つーかこれ、僕の感覚からすれば、マスコミとして一番重要なことなんだけど。



Hotwiredで昔(1年前くらい前?見つかんなかった。5/31見つけました。上に。)、「メディアを騙すアーティスト」の記事が出てた。
マスコミが食いつきそうな架空の出来事(例えばマッチョな男達が一日中あなたを監視します!制限カロリー以上のものは、羽交い絞めにしてでも絶対に口にさせませんダイエット、はじめましたとか。)をプレスリリースで流し、インタビューにも応じ、記事になった時点でその正体をばらして引っかかったメディアを哂うというアーティストだ。

こういう人が日本にもいて、一度やらかしてくれたらいいのになと思う。
そしたら面白いし、テレビ局も次は騙されない体制を整えるし、実被害はないし、いいことだらけな気がする。

まぁ僕が担当で騙されたらたまったもんじゃないけど。大目玉じゃすまないね!


断言する。今回の件にかかわった報道陣は「政府の発表が違ってたから仕方ない。共同にも出たし。」としか捉えていない。

だから、求む!華麗なるアーティスト!
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by soulwarden | 2005-05-31 00:16 | メディアリテラシー
2005年 05月 30日

モラルの乱れ

日本テレビが視聴率不正のごめんなさい番組をやるみたい。

リンク先の
>最近のモラルの乱れについて
の文章に、読んだ人の8割くらいが「お前だー!」ってツッコんでいる姿が目に浮かびます。



まぁ、これでお茶濁して終わりだろうね。。。
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by soulwarden | 2005-05-30 22:04 | メディアリテラシー
2005年 05月 29日

実名匿名の話

実名匿名の話が一時期話題になっていたので、忘れた頃にちょっと乗っかってみる。
論点は2つ。
A リアルを担保することによってブログの信頼性をあげようとする「剥がれる仮面理論」は正当か?
B 「実名でなければブログなんかやめてしまえ」との主張は正当か?



まずAから、この問題はさらに論点が2つに分かれる。
a、果たして有効に機能するのか?
b、倫理的正当性は?


 まず有効に機能するかということ。
 リアルを担保することによって、これで困る人は責任を持った発言しかしなくなる。
しかしながら、リアルを晒せれても平気な人からは、何も担保されえないこととなる。悪意のAAはとまらない。
さらに、コメントスクラムといった現象は、各個人が一斉に「議論」を吹っかける行為である。
各個人にとっては責任を持った議論行為なのだ。別にリアルに言及されたところで痛痒は感じない。
 つまり、リアルを担保したところで止められる行為は
「リアルに言及されれば痛い人からの誹謗中傷及びAA」くらいなのだ。
そしてそのくらいだったらサイトポリシーを明確にしとけば対処可能な話だ。

 次に倫理的正当性。
 リアルに追求できるシステムを作るのは簡単だ。アーティテクチャを変更しさえすればよい。
でも、それはやっていいことなのだろうか?
個人が個人のリアルを追求できるというシステムは、正直ブレーキがない。
極端な話、「議論に負けたからこいつのリアルを晒してやる」といった使い方が許される。
じゃあそのブレーキは第三者機関に委ねる?でもそれは現状の司法システムにおける担保とどう違う?
このシステムの行き先は「個人を晒すものは晒されるとの恐怖感の睨み合い」という均衡点だ。
冷戦中の核バランスと一緒。魅力など欠片もない。
それか、リアルが晒されて痛くない人同士のコミュニティと化するか。
僕はリアルが晒されたら痛いので、そこにはいられない。
「皆様短い間でしたがありがとうございました。僕はこの狭量なコミュニティーでは許されない存在らしいです。さようなら。」




続いてB 「実名でなければブログなんかやめてしまえ」との主張は正当か?
 これは上の倫理的正当性の話とも被るけど。
 まず大前提として、インターネット上で発言する際には、ネットを設計した人がアーキテクチャ上匿名を許容したという事実(彼らはそれを例えば免許制にすることも出来た)とその背景にある思想を考慮に入れるべきでないかい?と思うわけですが。

匿名でないと言えないこともある。リアルに言及されると通らない優れた意見もある(お前が言うなみたいな)。
身元が分かると危険だと考える人もいる(特に女性は深刻だ)。
そして、匿名の存在が許されないということは、それらの意見も世に存在しなくなってしまう。

少なくともドクター苫米地は優しくない。匿名でなければならない人の存在を忘れ、
自らの提唱されるモラルでばっさり二分される。
しかし、ドクターも言われるようにこの世の9割以上が匿名ブログなのだ。
そんな中ではドクターが提唱されるモラルは「うちの庭特殊ルール」に過ぎない。
そして匿名切捨御免ルールは、9割の中に宿る宝石よりも貴重な意見をも切り捨てることになるのだ。
ネットの特性であり長所なのは視点が沢山確保できるということ。その長所を自ら捨ててしまわれている。
なんというか・・・もったいない。僕が言う事ではないけど。



AもBも同じ。大体のところ、リアルに担保されなければ発言に信頼性を与えられないという発想がおかしいのだ。
ネットでは、情報の信頼性とはリアルに担保されるのではなく、自らが確かめるものだ。
僕は匿名だ。理由は前に書いた。生活の糧を失う危険性を高めたくない。
でも、僕は自分の表現の立ち位置を示して、それに対する言動責任はきちんと果たそうと思っている。
だから僕の情報の信頼性は、読まれる方が判断すればそれでいい。


今のところ、たいしたことは書けていないけれど。
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by soulwarden | 2005-05-29 15:50 | 日常
2005年 05月 27日

ブログはオルタネィティブなマスメディアになりえるのか

(5/28追記あり)
表題について、ガ島通信さんが知らぬ間に日経BPにアップしてて、
その突っ込みどころのあまりの多さに、会社帰ってから速攻「なんでやねん!」
って書こうと思ってたら、



なんかトラックバックが炎上気味。みんなが「なんでやねん!」って突っ込んでる。




・・・もうなんか今更なんでやめやめ!違うこと書く!
お題は「ブログはオルタネィティブなマスメディアになりえるのか」

・・・どっかで聞いたことあるネタだとは思うが正々堂々パクらせてもらう!
っていうか、このネタ、丁度半年前に流行ったネタじゃないか!
出遅れにも程がある!僕だけなんだか1周遅れ!
っていうか今日の僕のエントリはやたらびっくりマークが多い!

但し、お題だけパクるものの、問題構造は別に考える。
ガ島通信さんも匿名問題と煽り問題とブログのマスメディア問題を一緒に考えるから
議論がおかしくなるんであって、別々に考えるべきなのだ。
匿名と自分とこの炎上とは繋がっていないし、マスメディア問題に至っては
ベクトルが逆を向いていると思う。

だから僕も匿名問題は明日!今日はブログのマスコミ化について!


昨日のエントリに書いたけど、マスコミっていうのは、自分の書いたことを無条件に
「信頼」してくれる大量の「おばあちゃん」によって支えられている存在である。
テレビが嘘をつく。しかしそのことに「おばあちゃん」は気付かない。テレビは決して
嘘をつかないと信じているからだ。
じゃあブログはどうだろうか。近所のおばあちゃんは、ブログを見てそこに書いてあることに
嘘がないと思うだろうか。そしてその積み重ねで「ブログに書いてあったから間違いない」
というところまで信頼度を高めることが出来るだろうか。

 半年前、この話は「ブログはマスコミとなれない。むしろマスコミとブログは補完関係となる」
との結論で終わったと思う。でいろいろ考えてみたけれど、可能なやり方はある。とは思う。
思うことは思う。

R-30さんの提唱している編集権の商品化正直これが一つの結論で今更僕が口を出す
必要がないほどに完成されているけど、言いがかりのような文句をつけると、
これはマスコミがブロガーを取り込んだ形となっていて、ブログが主語ではない。
(現象的にはもう全く一緒なのでまさに瑣末)
ブログが「オルタネィティブ」に「マスメディア化」する方法はないものだろうか。


マスコミの担う役割は大きく分けて3つ。「事実発表」とその「分析」と「一覧」。ブログがマスコミ化するには、最低限この3つを行える体制をとる必要がある。

このうち「分析」が出来る人は、ブログの裾野が広がることで確保できそうな気がする。
というか、これが出来るのがブログのマスコミ化の意味であろう。

一覧機能は、諸問題を余さずリスト化し小見出しを作り、さらにその先に各問題ごとの
まとめサイトをおき、情報をストックしていく機能があれば過不足ないが、
これはRSSリーダがもっと頑張った形で対応できそうな気がする。
まとめサイトは今でもあるようなやつが、各問題に対応できる分だけあればいい。
これも裾野の広がりでカバーできるような気がする。
要は一覧機能については、島ごとに集まっているブロガーを余さず結ぶ結節点があればよい。

あとは一時情報の確保。



現在のマスコミの一時情報源、警察・官公庁・共同等がブログをはじめること。



はい終わり!近所のおばあちゃんも「警察の言うことは間違いない」と信じてくれる!
=ブログを信じてくれる!

で、僕はこれから会社に行く!会社から帰って書き直す!今日の文章の出来はちょっと恥ずかしい!でも今日金曜日だから飲みに行くかも!
行ってきます!



(以下、追記分)
酒が残ってる!・・・ってビックリマークつけるのも疲れるくらい二日酔い。。。
そんな中、更新をしようとする僕は偉い。

上で僕が言いたかったのは、2つの壁からブログはマスメディアにはなれない。ということ。

1、信頼できる一次情報を現状では取得できない。
  だから警察がブログを始めるしかない。
  でもそれだったら、現在のマスコミの形がブログになっただけ。
  ブログが終わりだと僕は言うつもりはないが、ツールとしてのブログは完成度が高くない
  現状のマスコミをブログに置き換えるメリットはあまりない。

2、マスコミ化できるツールではない。
  この世の何割かの人は、無条件に情報を信じる「近所のおばあちゃん層」である。
  ブログがマスコミ化するためには、必然的にこの層も取り込む必要性がある。
  しかしブログは、独自の視点を持ち、分析が出来ることがメリットであるツールだ。
  だから双方の親和性が低い。
  近所のおばあちゃん層は、誰かがパーケージした物語を消費できればそれでよく、
  視点を変える度に(つまり別のブログに行く度に)物語が変わるツールはいらない。
  RSSのもっと頑張ったものツールの一覧で、似たような視点のブログを集めることは
  可能だろうが、それだったら、それこそ既存のマスコミで充分だ。


さて、論点は違えど半年前の結論と同じところに戻っちゃった。
半年前の論争はこのあたりに。。。
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by soulwarden | 2005-05-27 08:28 | 疑問
2005年 05月 26日

メディアリテラシーっておいしいの?

 一時期テレビで流行ってて、また最近聞かなくなった言葉に、「メディア・リテラシー」
ってのがある。
さっき、民放4局のホームページで検索かけたら2003年を最後に、そういう番組はどこも終わったくさい。(テレビ東京はHP内検索がなかったので出来ず)ブームは去ったのだ。

「メディアリテラシー」をみんなの百科事典Wikipediaで調べてみた。
リンクがうまくいかなくて何が悪いか判っているんだけどどうやって直せばいいのかが
判らないので普通に引用してみると
>メディア・リテラシーとは、情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、
>その真偽を見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言える。

らしい。なんで、これが「21世紀を生きるにあたって必要な能力」だと持ち上げられ、そして今のテレビでは語られなくなったのか。
 それは多分気づいたから。
メディアリテラシーなんか持たれたら、自分達の首を絞めてしまうことに。


 「テレビで見たから間違いない」と近所のおばあちゃんが言う。
テレビから流れることには絶対嘘がない。
だって、沢山の人が見てるものだからちゃんとしているはず。僕もそう信じていた時期もあった。
でも、テレビは嘘をつく。バラエティで報道で天気予報で。
・・・まぁ天気は仕方ない。とにかく嘘をつく。
そして、テレビが嘘をついていることを、純粋な近所のおばあちゃんとかに知られてしまったら
テレビという装置自体がソッポを向かれてしまうことに繋がる。
そしてテレビ局はその「テレビでいってたから間違いない」との根拠なき「信頼」で飯を食っている
・・・・笑わないように。

 もっと言う。武富○・アイ○ル・アコ○なんかをはじめとする、いわゆる「サラ金」が、
なんだか「サラ金」でなくて「良心的な金融業」みたいなイメージを与えることに成功したのは、
絶対にテレビのおかげである。街にあるサラ金には玄関から入りにくいし印鑑押した瞬間に
「返せなかったら腎臓が・・・」とか考えちゃうけど、無人君はスタイリッシュに借りれちゃう。
返せなかったら一緒なのに。
テレビは、自分のところに寄せられた「信頼」の一部をお金に替えてサラ金に売却した。
一時期のスポット売り上げ低迷の際、無茶苦茶高いコスト(スポットで視聴率1%あたり
いくらで販売するか)を提示されて誘惑に負けた。
そして、テレビ局は「チワワなんかで騙されるかよ!」と考える層からの信頼を失った。
 この時テレビ局は、寄せられた信頼が「小売りできる商売道具」であることに
気づいたのかもしれない。
パチンコ、健康食品、宗教、テレビ局の「信頼」を買いたい(つまり視聴者を騙したい)
スポンサーはいくらでもいる。
 メディアリテラシーなんか一般層に持たれたら売り物の「信頼」が目減りしてしまうのだ。
商売上がったりである。

 以上、営業的視点。そして、次は統治ツールとしての視点。

マスコミュニケーションは大量情報を大量な対象に画一的・一方的に流せることに意義がある。
そこで流れる情報は、誰かの視点で語られた共同幻想の種だ。
少なくともその視点はあなたのものではない。その情報だけを材料にあなたが考えたことは、
誰かの視点で語りつくされた思考の一つに過ぎない。誰かは報道デスクかもしれないし、
その上司かもしれないし、会社を超えたさらにその上かもしれない。
一番わかりやすい話。記者発表中の「マスコミが悪い」との発言はきれいに編集される。
夕方や夜のニュースで流れることはない。

だから自分でソースを当たるような人がいればいるほど、(全体的な)効率は下がり、
その誰かにとって都合のいい物語に「ノイズ」が混じる。
(当たり前だがソースを当たった人の個人的な福利は上がる。)





ひろゆきの至言。
「嘘を嘘と見抜けない人は(この掲示板を使うのは)難しい」
要は、数字が頭につく掲示板のルールをテレビに適用できるかが
テレビにおけるメディアリテラシーである。
誰が書いたか分からない情報という時点で、テレビからの情報は便所の落書きと
実は大差ないのだ。情報を保証しているものは、あなたがテレビに寄せている
根拠なき信頼のみだ。
だからソースを当たろう。
テレビ局の人間は、あなたが騙されるチャンスを伺っているのだ。








騙された?
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by soulwarden | 2005-05-26 08:08 | メディアリテラシー
2005年 05月 25日

生活リズム壊れた

なんだかとっても朝方人間。昨日も5時とかに更新してる僕。

1回起きるのが早いと、その日のエネルギー切れも早くなってさっさと寝てしまい、
次の日起きるのも早いという悪循環。


いかん。このままでは健康になってしまう!
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by soulwarden | 2005-05-25 07:28 | 日常
2005年 05月 24日

果たしてテレビはジャーナリズム足りえるのか1

 再びAd Innovatorさんのところより
Morgan Stanley:記事を流す前に知らせないと広告を引き上げるそうです。

一番最初にこの記事を読んだときには
「引き上げる宣言をするなんて、男らしいじゃん。」と思った。表立って堂々と圧力掛けるなんてなかなか出来ることじゃないと思う。普通はもっとこっそりやるから。
コッソリ圧力ってのは、あるかないかといえばまぁ・・・まぁ想像通り。


すべてのテレビCMは広告代理店を通される。そしてその半分くらいは俗にDと呼ばれる日本最強の広告代理店。その6割くらいがパッポンドウ連合。
細かな代理店は山とあれど、基本的に寡占業界。業界全体で公取が入ったくさいという情報は守秘義務違反な気もするが言ってみる。
だから構造的に強ええ。本気の喧嘩の時はテレビ局は収入の半分なり3割なりがなくなることを覚悟しなければならない。=喧嘩は当然出来ない。


 商業的ジャーナリズムという言葉を聞く、。が、本来この2つは絶対に両立しない。
少なくとも現在のビジネスモデルでは。
 それは僕が会社で上司の悪口を面と向かって言えないのと基本構造は一緒。
だってそんなことしたら残業代と人事評価点減らされるじゃん。
  

 この話、後日に続けさせて下さい。話したいことは沢山あるネタですので。
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by soulwarden | 2005-05-24 04:51 | 疑問
2005年 05月 22日

15分の1CM

もう寝るか・・・と思ったところで、Ad Innovatorさんのところで大変なもの発見。


これ、日本でも可能性はある。多分。というか僕がスポンサーなら、これ、やる。


テレビCMの場合、3ヒットの法則っていうのがあって、平均で3回見ないとその商品を認知しない。とされている。実体験で考えても、多分そんなものだろう。
で、質のいいCMは1・2回で商品認知をし、しかもそれが購買行動に結び付く。
質の悪いCMは、半年間タイムでついていても視聴者に覚えてもらえない。


1秒CMなんて奇抜なものが放送終了時(station break通称ステブレ/SB)に毎回流れれば、目には付くし、3ヒットも簡単に達成することが可能。
しかも、15秒分CM料金を払わなくてすみそう。スポンサーにとっていい事尽くめ。
まぁ、1秒じゃ言いたいことは言えないだろうけど。
想像するに使用前の「くさッ!」バージョンと使用後の「臭くない!」バージョンだろうな。。。で、1秒。


一方テレビ局の事情はと・・・
まずCM枠はほとんどの場合15秒で割り切れる秒数で設定されている。つまり、1秒CMなんか入ったら残り14秒が無駄になる。しかも14秒って埋めにくい。3秒・5秒・10秒・12秒の番組PRはこの世に存在するけど、そのどの組み合わせでも14秒にはならない。。。
じゃあCM枠を2分1秒とかに設定したら?と言われそうだが、CM枠(フォーマットと言います)を変更するのは大変手間で、放送事故を起こしかねないのでこれも難しい。
1秒CMがメジャーになればフォーマット上でも対応可能だし、同枠に2か3つずつ1秒CMを入れれば番組PRで穴は埋められるけれど、1秒CMなんて奇手を多くのスポンサーがやったら、認知度は逆に下がってしまうので(SB2分間、120スポンサーが1秒ずつとか、想像しただけで気分が悪くなりそう。。。)これもない。


しかも一番辛いところ。スポンサーとは逆。
1秒でも15秒でも、使うCM枠の数は結局一緒だけど、スポンサーがCM料金を15秒分払ってくれるとはとても思えない。。。


ベルギーのこの1秒CMって料金形態どうなってるんだろ。気になるところです。







あっ、うちのシステムじゃ1秒CMなんてスタンバイ不可能だった。
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by soulwarden | 2005-05-22 02:31 | 疑問
2005年 05月 21日

ブログ終焉?!

ガ島通信さんより、
http://blog.livedoor.jp/zentoku2246/archives/22452637.html


そんな?!ブログの終焉って、僕はつい1週間前に始めたのに!(笑)







考えるところがあるので、追記します。


(以降追記分)

とりあえず上記分だけアップした後、会社で仕事しながらしばらく考えていました。
仕事中の自分へのお題:
>それは単純にブログがリアルに支えられた、コミュニケーションツールになった。
>WWWやメールのように、システムインフラとして今からスタートしたということでは
>ないでしょうか。
何故終焉なのかという文脈で、ガ島通信さんのこの文をどう捉えるか。

⇒これからブログは、リアルに支えられたコミュニケーションとなっていく。そしてそれは現状からの変質を指すので、ブログはある意味終焉し、そしてこれからスタートする。
・・・そう理解するのが自然なのかなと。


システムインフラ化するかと言えば、ブロガーの数が増えている今、その可能性は高いと思っています。(まぁ揚げ足を取るならばブログもWWWの一部ですが。)

で、ここからがわかりません。
何故に、リアルに支えられる必要はあるのかなと。じゃあ今あるブログは全て質的変化を起こすのかなと。

リアルだとかサイバーだとかは、瑣末的なもので正直どうでもいいことです。要は何を表現するかで、それはリアルに担保されないと破綻するようなものではないでしょう。
というか、もっと言えばリアルなんかに言及されると僕なんか非常に弱いです。
うちは組合に入ったら役員に呼ばれるような会社なんです。ブログなんかつけている事が上にばれたら、例え守秘義務違反なんかしてなくてもgoogleみたいな対応とりますって。
ただでさえ、表現するために僕の立ち位置を示しただけで、「150社の中小企業群の勤務者の1人」ってところまで条件絞込検索できるんですから。
だから、リアルに言及されるとすれば、僕にとっては「ブログ書くな」と言われるのに等しいのです。勘弁して下さい。
(ただ、エキサイトには住所氏名年齢趣味好きな食べ物座右の銘、うそ偽りなく登録しております。僕が刑事で訴えられた時には僕のリアルは担保されていますので、その時には皆様好きなように煮て下さい)

話を元に戻します。
では逆にR-30さんがおっしゃるような、リアル側のインセンティヴの問題なのかと。
リアル側で何かいい事がないと、これ以上ブロガーが増えないし質も向上しない。それなら話は分かります。

じゃあ。と僕は思います。
最初、ブログを書きたいから書いたであろうであろうガ島通信さんにとって
「ガ島通信第1期終焉」とは、「ブログやっててもリアルでいい事ないから終焉。商業主義的第2期へ続く」との宣言になるのではないのかなと。


・・・なんかもう推測するのも考え疲れましたので、ガ島通信さんの
>まだ、きちんとまとまっていません。ぼんやりとそう思っています。

の、まとまるのを待ちます。。。
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by soulwarden | 2005-05-21 12:06 | 疑問