ニセモノの良心

soulwarden.exblog.jp
ブログトップ

2005年 05月 26日 ( 1 )


2005年 05月 26日

メディアリテラシーっておいしいの?

 一時期テレビで流行ってて、また最近聞かなくなった言葉に、「メディア・リテラシー」
ってのがある。
さっき、民放4局のホームページで検索かけたら2003年を最後に、そういう番組はどこも終わったくさい。(テレビ東京はHP内検索がなかったので出来ず)ブームは去ったのだ。

「メディアリテラシー」をみんなの百科事典Wikipediaで調べてみた。
リンクがうまくいかなくて何が悪いか判っているんだけどどうやって直せばいいのかが
判らないので普通に引用してみると
>メディア・リテラシーとは、情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、
>その真偽を見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言える。

らしい。なんで、これが「21世紀を生きるにあたって必要な能力」だと持ち上げられ、そして今のテレビでは語られなくなったのか。
 それは多分気づいたから。
メディアリテラシーなんか持たれたら、自分達の首を絞めてしまうことに。


 「テレビで見たから間違いない」と近所のおばあちゃんが言う。
テレビから流れることには絶対嘘がない。
だって、沢山の人が見てるものだからちゃんとしているはず。僕もそう信じていた時期もあった。
でも、テレビは嘘をつく。バラエティで報道で天気予報で。
・・・まぁ天気は仕方ない。とにかく嘘をつく。
そして、テレビが嘘をついていることを、純粋な近所のおばあちゃんとかに知られてしまったら
テレビという装置自体がソッポを向かれてしまうことに繋がる。
そしてテレビ局はその「テレビでいってたから間違いない」との根拠なき「信頼」で飯を食っている
・・・・笑わないように。

 もっと言う。武富○・アイ○ル・アコ○なんかをはじめとする、いわゆる「サラ金」が、
なんだか「サラ金」でなくて「良心的な金融業」みたいなイメージを与えることに成功したのは、
絶対にテレビのおかげである。街にあるサラ金には玄関から入りにくいし印鑑押した瞬間に
「返せなかったら腎臓が・・・」とか考えちゃうけど、無人君はスタイリッシュに借りれちゃう。
返せなかったら一緒なのに。
テレビは、自分のところに寄せられた「信頼」の一部をお金に替えてサラ金に売却した。
一時期のスポット売り上げ低迷の際、無茶苦茶高いコスト(スポットで視聴率1%あたり
いくらで販売するか)を提示されて誘惑に負けた。
そして、テレビ局は「チワワなんかで騙されるかよ!」と考える層からの信頼を失った。
 この時テレビ局は、寄せられた信頼が「小売りできる商売道具」であることに
気づいたのかもしれない。
パチンコ、健康食品、宗教、テレビ局の「信頼」を買いたい(つまり視聴者を騙したい)
スポンサーはいくらでもいる。
 メディアリテラシーなんか一般層に持たれたら売り物の「信頼」が目減りしてしまうのだ。
商売上がったりである。

 以上、営業的視点。そして、次は統治ツールとしての視点。

マスコミュニケーションは大量情報を大量な対象に画一的・一方的に流せることに意義がある。
そこで流れる情報は、誰かの視点で語られた共同幻想の種だ。
少なくともその視点はあなたのものではない。その情報だけを材料にあなたが考えたことは、
誰かの視点で語りつくされた思考の一つに過ぎない。誰かは報道デスクかもしれないし、
その上司かもしれないし、会社を超えたさらにその上かもしれない。
一番わかりやすい話。記者発表中の「マスコミが悪い」との発言はきれいに編集される。
夕方や夜のニュースで流れることはない。

だから自分でソースを当たるような人がいればいるほど、(全体的な)効率は下がり、
その誰かにとって都合のいい物語に「ノイズ」が混じる。
(当たり前だがソースを当たった人の個人的な福利は上がる。)





ひろゆきの至言。
「嘘を嘘と見抜けない人は(この掲示板を使うのは)難しい」
要は、数字が頭につく掲示板のルールをテレビに適用できるかが
テレビにおけるメディアリテラシーである。
誰が書いたか分からない情報という時点で、テレビからの情報は便所の落書きと
実は大差ないのだ。情報を保証しているものは、あなたがテレビに寄せている
根拠なき信頼のみだ。
だからソースを当たろう。
テレビ局の人間は、あなたが騙されるチャンスを伺っているのだ。








騙された?
[PR]

by soulwarden | 2005-05-26 08:08 | メディアリテラシー