「ほっ」と。キャンペーン
2006年 08月 14日

視聴率の仕組みから消費者の責任まで、やや散漫気味に

実はこのブログでは何度も何度も書いてるんだけど、もう1回視聴率のことについて書く。
なんで視聴率がそんなに大事なのか。テレビ局が同時視聴率にこだわる訳はここにある。

 CMにはタイムとスポットがある。
タイムは番組単位で半年間30秒単位で購入する売り方。昔からの基本。
ちなみに1/3以上買うと「日立 ふしぎ発見」のように冠がつく場合がある。冠はゴルフ番組に多いよね。
タイムの場合には、番組のカラーを社のブランドに投影させやすいといったメリットがある。
(例えば、鳥人間コンテストのスポンサーはホンダだ。ちょっと分かる気しない?)
視聴率はあんまり関係ないけど、あんまり低かったらスポンサーに怒られたりする。


で、スポットCM。これは新製品の売り出し等に適した販売方法だ。
1週間で300%視聴率を買う、といった方法がとられる。
 実は視聴率は、スポットCMの営業数字として使用されるので大事なのだ。
例えば・・・めんどくさいんで昔書いた自分のエントリからコピペすると、

「1%1万円で150万円分を購入。期間は1日から4日まで」との発注があった場合、
1日の伊藤家の食卓(30.5%)1本、
2日と3日のNews23(20.9%と10.2%)1本ずつ、
4日の大岡越前(21.5%)とその終了時(25.2%)1本ずつ、
同日のでぶや(11.1%)スマスマ(30.6%)1本ずつ。   合わせて150%毎度あり。

といった風に販売される。
つまり視聴率が良ければ良いほど、CMの在庫が増える。
(仮に上の番組が全て半分の視聴率だとすると、2本ずつCMを引く必要がある。CM枠は基本的には一定なため、視聴率が取れないと在庫が減る。)


つまり視聴率が低いとCMの発注があってもそれが収容出来なくなったりするのだ。
テレビ業界は慢性的に発注に対しての枠不足に悩んでいる節があるので(地方局はそうでもないけど)、視聴率にこだわる。

 ちなみに、最近の主流はスポットCMだ。タイムは徐々に本来のブランディングの役割から外れ、スポット的に使用されるようになっている。


 ちなみにビデオ録画は視聴率にカウントされない。
 スポットの場合、キャンペーンものに使用されていると言う側面上、
 キャンペーン期間中に見てもらえなかったら何の役にも立たないからだ。
 つまり、スポンサーからすればリアルタイムで視聴されることにこそ意味がある。
(「宝くじ!いよいよ今日まで!」ってCM、録画して次の日見てもらってもねぇ・・・ってこと)



何かまた勘違いしている人もいるけど、テレビ局というのは番組ありきではなくCMありきなのだ。
金だしているスポンサー様こそ偉いのだ。(追記 また誤読した輩がトラックバック送ってきたから書き足すけど、太字箇所はもちろんTV2.0を謳いながらビジネスモデルには一切口を挟まない404の人とウチの業界への皮肉だ。)
例えばニュース速報が入る場面を思い出して欲しい。スーパーが入るのは必ず本編だ。CMには絶対に入れない。(CMに被せていい基準というのも別に各局で決まっているが、かなり厳しい。)

ネット配信が進まない点はここにある。「再視聴率」があがる?そんなもの糞の役にも立たない。それでは既存のCM型モデルがうまく回らないのだ。
(ネット配信が滞っているまだ原因はまだたくさんある。例えば、著作権法が放送事業者に対して非常に優しいが、通信事業者にはそうでもないこと。JASRACをはじめとした権利団体との包括契約が放送分野のみとなっていることなどだ。そのうち書く。)




もちろんCM型モデルが無理でも金は回収しなくちゃいけない。
1回きりとか趣味だとかならばいざ知らず、次の作品に繋げ、これで喰っていけるようにするならば(つまりプロならば)金の回収は絶対に必要なのだ。金があればいい物を作れる保証はないけれど、金がなければ作れない物もあるのだ。
 逆に、金がスムーズに回収できる流れさえ作ってしまえば、つまりiStoreの映像版を誰かが作れば一気に問題は解決する。


思うにWeb2.0時代なんだから、みんなで金出してコンテンツを育ててやればいいのだ(プレイヤーはテレビ局に限らず誰でもいい)。
だけど、Youtubeの不正アップに諸手を上げて賛成しているような奴って、結局はした金すら出さないよね。
これも昔書いたことがあるけど、表現者がものすごく力入れて作った作品でも、大多数の消費者には決して等価では届かない。みんな「で?」の一言で消費する。面白かったらひとしきり笑って終わり。




まず、意識改革からじゃないかと思う。世に溢れる「2.0」が指すものが、表現者から消費者へのコントロール権の移行だとするならば、消費者にはコントロールを得た事に対する責任が発生する。当然だけど気付いてないでしょ?
それは規範・法に従うという最低限のものではなく、責任感を持ち、能動的に場に参加することでその分野自体を盛り上げると言った類のものだ。だって、これはコントロール権を握っているものの責任だ。(これまでは表現者がやってたもん)

 例えば、映像文化を真に楽しみたい奴は、その分野を盛り上げるべく自分で動く必要がある。
具体的には表現側に回る。表現才能がなかったら消費に対してきちんと金を払い、次への下地を作ってやる。それも自分が面白いと思う集団へ直接に還元される方法で。金がないならきちんとした感想を投げてやる。それも次に繋がるような建設的意見を。
 映像に限らず、写真にせよ絵画にせよ小説にせよ表現分野ならみんな同じ。積極的に関与することで、「育てて」やる。


 「育てる」なんて、今までは情報や流通の最下流に置かれていた消費者にとっては考えたこともないような領域だ。でも、それが出来るのが2.0のはずだ。自分達がスポンサー様になれるのだ。



2.0を叫ぶ者を、憎むべきフリーライダーから責任ある消費者に。

あなたが、面白いと思ったものに金を惜しまず払うようになったら、たぶん世界は変るはず。








とりあえずブックマーカー達はブクマする度に、はてなポイント投げるように。
僕はいらんけど。(ID持ってないし、もちろん皮肉だ。)
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by soulwarden | 2006-08-14 04:27 | 怒り


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