ニセモノの良心

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2005年 12月 21日

Googleの振る舞いについて

(12/21加筆補正しました。加筆補正部分、太字にします。)


 眠い。年末進行まじつらい。
 ちなみに私の仕事、晴れて平成18年を迎えることが出来ました。
 正月は番組が長いんで、ちょっとだけ楽。


 で、一昨日の話の続き。
 Googleって結局何屋さんなの?

 googleの本業は検索「サービス」だ。確かに只で使える。ただ、只で使ってあげることがgoogleにとっても喜ばしいことになる。だってPVに貢献してるから。
 まぁ、テレビ局のビジネスモデルと大体一緒だわな。

 さて、テレビ局には「放送基準」や「電波法」や「放送法」なるものが存在する。
 実際はどうであれ、建前上は「公正中立でないといけない」とかそんな規制を受けている。


 さっきの話に戻るんだけど、もしもgoogleが朝日新聞からの圧力を本当に受けて検索結果から外したとするならば、それは道義的に何か責められようか?

 もちろん、googleを「使ってPV数に貢献してやっている」身として、文句は言えると思う。
検索結果が適切でない検索サイトなんて話にならない。一利用者として「そんなんだったら使わないぞ!」と言う権利はある。

 ただ「だったら結構です。使わないで下さい。」とgoogleが開き直った場合、何か打つ手はあるか?


 googleは規制されない。「放送法」も「電波法」もgoogleに対しては働かない。
公正中立を求める規律なぞ、道徳以外に存在しない。
 ただ、googleはうちの会社の50000倍くらいの影響力を持つ会社だ。google八分をgoogleの勝手とかでやられたら洒落にならない。

 これがgoogleが報道機関なら話は別だ。
 「国民の知る権利」の元、振る舞いを法で縛れると思う。というか縛るべきだ。
 でもgoogleは一私企業だ。私人同士の契約自由に極力踏み込まないべきだと思う。
「嫌なら使うな」って話だ。
・・・一企業の癖に、報道機関よりも多くの情報を持ち、報道機関よりも情報判断の元になっているからたちが悪い。


 googleがgoogle八分なんかの悪さが過ぎれば、人々は他の検索サイトへ乗り換えるという指摘があった。それが競争社会だと。
・・・当たり前だ。好きにすればいい。それが経済活動の自由だ。

 例えば。僕が危うく思っているのは、将来的にgoogleとYahooとライコスとエキサイトとネバーとインフォシークとサーチジャパンとはてなとgooとイグルスが、同じ行動を始めたら?ってことだ。

 情報を隠蔽したい人が、なんか適当な理由(例えば著作権法違反とか)をつけて、それぞれの会社に金を払って検索ブロックを依頼する。
 全ての検索サイトは当たり前のようにそれを受ける。ついでに新規の検索サイトも検索に引っかからないようにする。
 その状況が成立すれば、まさに現代の焚書は完成する。そのブロックされたサイトは、ネット上のどこにも存在しないのだ。
 ちなみに公的目的のためのカルテルなら、独占禁止法にも引っかからない。

 ブロックする理由は「著作権違反のため」。新規検索サイトブロックは「商売に支障をきたすため」
 一私企業の経済自由だ。止める術なぞない。
 だからその様な行動を妨げる規律は、道徳しかない。


 とりあえずは、googleの「Dont' be evil」は、果たしてどこまで信頼できるか?そこが問われるしかないと思う。


 超有名教授ローレンス・レッシグの「code」という本に、同じような懸念はすでに示されている。
 超意訳すると、ネットのアーキテクチャは商業的利害に染まりつつある。そして商業的利害は民主主義チェックを受けていない。
 ネットが自由なのはアーキテクチャが自由であることを許容しているからだ。
 だから自由を担保するために、コードに国家的規制を加える必要がある。

 氏の結論には、今ひとつ納得していないところもある。特に実現可能性。
 しかし今、まさに言論の自由が侵されつつあるこの状況下で、 この様な選択肢にも目を向ける必要があるのではないか。少なくとも検討はされるべきだ。


将来的にはアーキテクチャに国家規制を入れる事になるのが、自由を保障する事になるのかなぁ。




 これでもまだ、分かりにくかったら言って。「誰にでも分かりやすい」バリアフリーブログを目標としていますので。
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by soulwarden | 2005-12-21 01:48 | メディアリテラシー


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