2005年 09月 07日

何も関わらないという事は果たして樽の中にいることなのか?

 鈴木御大のエントリ「反対の反対は賛成?反対?」を読んで、これに全力で絡んでみるコーナー。
氏の事は勝手に尊敬してる。前にSoul for saleってエントリのタイトルを借りたくらい。
だけど、
「左派嫌い臭が噴き出してて香ばしい」って、これどこのgoogle先生から(略
(そして、今度は同じやり方で、近いうちに僕が刺される。必ず当たる予言だ。だってこれは、何の批判にも使える最強のテンプレだ。)9/8追記 早速刺された。


 まず、前提として、僕のエントリ「ホワイトバンドは悪い冗談か」「ホワイトバンドにもう一苦言」「ホワイトバンドは免罪符」をご参照下さい。


 正直このホワイトバンドで噴き上がっているものは「騙されてきたものの怒り」だと思う。
これは、全ての左派嫌いの動きに共通する動機だと思う。何故って?僕も騙されてきたから。

 世代的なものもあるかもしれないが、「僕達」は常に騙されてきた。自分ではないものに。
人道的なものが善。国家的なものは悪。軍隊なんてとんでもない!・・・例を挙げれば止まらない程の善がパッケージ化されて刷り込まれた。
少なくとも僕はそういった環境で育て上げられた。高校生頃までアサピー的な思考の枠内で模範生だったと思う。だって善なるものってそれしかなかった。 他の正義は隠されていた。
 それがネットの発達と共に、他の正義もあることに気付いちゃった。同時にこれまでの正義の裏側も教えられた。国家とは(教えられてきたような)抑圧をかける敵対的存在では無く、自らが構成する共同体であること。9条でなく自衛隊が日本を守ってきたこと。中韓からは教育により国家戦略として嫌われていること(韓は戦略か微妙だが)。共産の核はきれいって妄言かましてた事。そしてホワイトバンドがおかしい事(もう全部同列併記だ)。
 これまで刷り込まれた絶対的正義が実は相対的正義であった事に気付いてしまったら、それまでの反動が出るのは当然だ。(相対的正義ですらないものもあるし。)騙されたと知った者は他の被害者(まだそれと自分では気付いていない者)に、自分の言葉で警報音をあげようとする。
 僕だってエントリ「ホワイトバンドは悪い冗談か」は、(他に声を上げている者がまだあまりいない初期だったこともあり)トラックバックを打ちまくった。具体的にはGoogleで検索して引っかかった最初の30件くらいに。あんまり誉められた行為ではないのは知っている。俺イタいとも思う。
でも、人々の善意が食い物にされているとの怒りの方が先に立った。
 「左派嫌いの放つ言葉の香ばしさ」には、僕も辟易としている(というか飽きた)が、これもまた仕方の無いことだとも思う。それが氏の言われる脳内妄想の中の敵が相手だとしても、これまで「僕達」を騙してきた者は「僕達」にとっては実際に存在して、未だ他者を騙し続けているのだ。



「じゃあ、解決できる方策をお前がはじめればいい。お前それではノー対案だ。この梯子外しが!」と言われるかもしれない。
 でも僕はアフリカ問題解決への努力はやらない。そして、やらないと批判の資格が生じないわけでもない。
 ノー対案の何が悪いのか?問題にさして興味の無いことは悪ではない。
自らの手で選んだ選択ならば(ここが胆とは思うが)、それは趣向の違いに過ぎない。
人類全員がマザーテレサになれる素質を持つわけじゃない。
 別に新厚生経済学の話がしたいわけではないが、ブログをつける事も、ゲームする事も、アフリカの子供について憂いる事も、音楽も、個人の共産主義的正義も、カツ丼も、哲学も個人の嗜好の中での序列でしかない。正義は一つじゃない。福利は数値化出来ない。
 僕はアフリカの子供について活動することよりも、自分の仕事とブログが大事。
・・・こうして言葉にすれば「私生活の充実に邁進する」とんでもない悪人のようだが、世の中の99.9%の人間が自然とそういう選択をしている。自覚しているかどうかは置いておいて。
 自分のことをまず考えるのは健全な姿だ。その後の余裕をどう使うかは個人の嗜好序列の若い方から状況によって選択される。僕はその余裕で地域活動と舞台をやってる。
 序列からの選択について、良心の問題はさておいといて、独立した個人に他人が口を出す問題ではない。

 僕は、300円でアフリカの子供たちを救った気になる事、何故かいい事をした気になる事は断固拒否するし、そんな端金で解決するような簡単な構造に問題を落とし込めて、免罪符を買ってハッピーになれる人を軽蔑する。
 それより、僕は罪悪感を背負ってブログを書き続ける。だから何だ。これが樽に入っていると仰られる事なのか?悪いがこれは簡単に人に批判される筋合いはない。言い方は恥ずかしいというか、参議員になったプロレスラーみたいだが、「これがー!オレのー!生き様だー!」だ。


 氏の言う「賢い愚かさ」、じゃあこれが今までの世で達成できた事があったかと言えば、僕の知る限りない。これまでは単に普通に「愚か」で、それゆえ普通に騙されていただけだ。(例えば「愛は地球を救うテレビ」の収益構造について、正確にご存知でしたか?)愚民化はむしろこれまでの状態を指す言葉だ。これが「ネットによって変わってきた」。

 ノー対案でも構わない。騙されずに踏みとどまることは、愚かさから一歩進んだ段階だと
思う。「騙されてるぞとの言説に騙されている」のでない限り。(おそらく氏は、騙されてるぞに騙される者を気分屋と言われていると思うが、これは僕が読み違いしているかも。そうやってさらに騙されて騒ぐ者については、お説ごもっとも、完全に同意。でもそう言う奴等ばかりでは絶対にない。)

 
 氏の言われる「賢い愚かさ」を手にいれるは、このステップの向こうにある次の段階だ。そう思う。
 というか、正直どういった状態を指すか、よく分かんないし。(例えばホワイトバンドの仕組み分かっていて協力するのは、愚かというか只の馬鹿だ。ホワイトバンドの行く先を有効に修正しようとするのならそれは「愚かに動員」されているのではない。なら、どういった形で関わるのが賢い愚かさなのか?「愛は地球を救うテレビ」でテレビ局が儲けるの判っていて募金するようなもんか?)



 用語については、全くの素人なので定義的に違うものや定義が(書いておきながら)曖昧なものもあるかも。
その辺はご容赦下さい。そしてニュアンスを汲んで下さい。(出来ればやさしく指摘してくださると幸いです。)所詮僕は2流大卒。

 あえて論点整理はしませんが、御返答を是非に期待します。
「ホワイトバンドについて、賢い愚かさの具体的発露方法」については特に。本当に分からないので。
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by soulwarden | 2005-09-07 01:10 | メディアリテラシー


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