2011年 01月 06日

グルーポンおせちを擁護してみる

バードカフェ社長の、仕事に対する態度が出たかのような舐めきった残飯おせちが話題になっている。
500家庭のお正月をぶち壊したとか、作る過程で衛生管理まったくなってないとか、社長自身が現場で詰め込みやってるのに何か思わなかったのかとか、クール配送じゃないとか、そもそも腐ってるんじゃないかとか、その分かりやす過ぎる駄目駄目さ加減に、まさにネットフルボッコ体制が敷かれた感じがある。もちろんネットだけじゃなく、テレビも取り上げたし消費者庁も公取も保健所も動いているという超重厚シフト。選手層の厚みがすごい。なんか早稲田陸上部並。

しかし、こんな騒動(その前は海老蔵とか)が起こるたびに毎回感じること。正直な話、どこに着地させる気なんだ?どうすれば満足するんだ?と。テレビにつけ、ネットにつけ。

今回の話は、
民事的には、購入者に返金して、五体投地でお詫びして、
衛生行政的には、保健所の立ち入り検査に従い、後は食中毒の届け出がないようにひたすら祈り、
消費者行政的には、消費者庁から不当表示の調査を受けて、
刑事的には、食品衛生法違反は適用難しいから多分なしで、
商売的には、本業のお客が少なくなって、あと取引先に干されて
そういった、やってしまったことに対する社会的責任を粛々と果たしていくべきで、逆にいえばそれ以上に何をすればいいのかという話だ。


どこに落ち着けるかという着地地点を見いだせないで叩いても正直仕方ないわけで。たとえば会社でなら、後輩叱る時って怒るだけじゃなく「叱った後、どこに着地させてどの点を反省させ今後どのように改善させるか」まで考えて、それが伝わるように叱るじゃないか(そうだよね?)。
で、社会としての進歩とか改善とか考えると、ここでバードカフェ廃業に追い込んで終わり、今後忘れた頃にまたこのような阿呆業者が出てきますーじゃあダメで、今後同じことを繰り返させないシステムや社会構築しなくちゃ意味がない。それが出来るか出来ないかそもそも解は有るのか無いのかはとりあえず置いといて。(消費者庁辺りが解を無理やり求めた結果、それでまた規制が厳しくなって既存の優良プレイヤーも軒並み網かけられたりもしかねないという問題もあるが、これもとりあえず脇に置く。)


こういう「出口が見えない」騒ぎになると、浅田養鶏のことを思いだす。
浅田養鶏は、鳥インフル感染を認識しながら届け出を怠り、家畜伝染病予防法に問われた。
テレビ含めたメディアはスクラム組んでバッシングを行った。そしてその追求を良しとするだけの”世間の空気”と視聴率と雑誌売上はあった。
で、ついに社長の親の会長夫妻が自殺。メディア追及は急速にしぼみ、言い知れぬ後味の悪さだけを残した。あの時僕は「もっと追及しろもっと叩け」と思っていた人、一人一人が殺したのだと、そう思った。だから僕もあの時あの老人二人を死に追いやった当事者だと思う。そう思ってたから。

 じゃあ今回叩いてる人、バードカフェの阿呆社長が自殺したら満足なのか?廃業したら満足なのか?社長を辞めたら満足なのか続ければ満足なのか?反省の色が見えたら満足なのか?なんか消費者庁が規制かけたら満足なのか?
 一体どこで満足するのか、どこに着地させるのか?まったく見えない。そりゃそうだろう。だって叩くこと自体がただの娯楽だから。相手はわかりやすい悪だ。叩く事に何の心理的なためらいもない。こうしてグルーポンおせち問題は娯楽の道具として消費され、誰かが何かを語れば「燃料」と喜ばれ、そして、飽きたら忘れられる。その後バードカフェがどうなろうと、おせち届いた人がどうなろうと、別段知ったこっちゃない。

ただただ弱い者達が夕暮れさらに弱いものを叩く。そりゃブルースも加速していくさ。



 ワイドショーが、同じような話題を一斉に追いかけ、延々と取り上げ、そして一斉に忘れるという現象がある。海老蔵しかり不倫騒動しかり。その前は…何があったかなんて誰も覚えてもいない。あれはテレビの非常に嫌な面だと僕は思っている。内部でも苦々しく思っている人は多い。でも続いている。なぜか。あれ、視聴率が取れてしまうからだ。世間一般ではWikileaks問題なんかよりよっぽどリオン×海老蔵の方が数字取れてしまうのだ。で、民放は商売でやっている都合上、視聴率が取れる方に走ってしまう。(倫理と商売の優先順位という側面はあるけど、これも脇に置く。)
だが、視聴者サイドから「見ない」という選択肢を突き付けることにより、アテにならないテレビ内部の自浄作用に依らずとも改善する余地はある。でも出来ない。だってみんな池に落ちた犬を安全圏から叩くの大好きだから。今回みたいな。そして毎分視聴率は正直にその欲望を数値化し、翌日からの番組方針に影響を与える。

つまり今のテレビは、叩きたいだけ叩きたいという願望の行き着いた先だ。違いはコメントスクラムがメディアスクラムに、匿名名無しがみのもんたに具現化されただけ。




おせちの件、正直擁護するところは何もないしその価値もない。さっきは後輩叱る時みたいにとか書いたけど、こんな後輩正直いらん。人事部に「何であいつ採ったか」と詰め寄るレベル。

 でも。ただ。「死ねばいいのに。」までは絶対に思わない。つか彼が死んでも特段いいことなんか何もない。(あれば死んでいいんかいってのは言わないお約束。)


だったら、どこかで矛先を収め、着地点を探すべきだとは思う。



劣化したワイドショーにならないために。
[PR]

by soulwarden | 2011-01-06 23:45


<< シベリア少女鉄道「もう一度、こ...      生きています報告及びよいお年を >>