2010年 04月 12日

公共性の源泉

この前酒の席でちょっと出た話。



TVは公共性の高い媒体である。
それは間違いない。


では、なぜ公共性が高いのか?2つ考えられる。

1、国民の共有財産である電波を借りてるから?
2、大勢の人が見てるから?



1ならば、電波を使用する携帯会社や果てはタクシー運転手からアマチュア無線愛好家、極端なことを言えば携帯電話ユーザーや無線LANユーザーまでがその対象足りえるし
2ならば、yahoo!や2chはどないなっとんのや?って話となるよね。このブログにもPVなりの責任があるしtwitterなんかで無節操にデマを拡大する人にも責任が生ずる。



たぶん、電波を使用する点は公共性を生み出す源泉としてはとても弱い。
携帯会社等の他の電波業者にテレビ局と同等の公共性が求められていないこと。電波使っていない新聞社にだって公共性が求められていることとか、考えるまでもなく。



つまり。TVの公共性というのは報道機関として、大勢の人が見ているという点に存在する。


と、ここから話を急旋回。新しい媒体のTwitterの公共性について。


上のように、twitterも公共性をなんらか考えるべきということになる。まぁ首相が参加したり選挙解禁の話が出る時点で、公共性がない訳ない。
ならば、その公共性をどう捉えるべきか。


その1
「民放連放送基準」みたいな「twitterつぶやき基準」をそろそろ誰か作るべきじゃね?
まぁ昔の言葉で「ネチケット」なんだろうけど。



もしくは2
「Twitterのつぶやきは信頼しないし、何を言っても炎上させない」という文化にする。
だいたい何も考えていない140字の「つぶやき」が魅力なんだから、そこで産経が下野なうって言っても、お馬鹿がデマ流しても、鳩山が意味不明なことを口走っても、そんなもんなんだと受け止める。だって脳みそ通していない一言なんだから。(まぁ政治家は別扱いでも・・・とは思うが。)
ただし、というか、だから、twitterはソースとして信頼しない。




どっちかの道しかないと思う。併用可能だけど。
ただ、2の側面を今後は重視すべきかなぁと思う。twitterの魅力を維持するためにはね。



注:この記事、皮肉の側面があります。かなり。
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by soulwarden | 2010-04-12 01:11


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